
2部降格から日本一 三笘薫を育てた筑波大
なぜ筑波大学蹴球部は世代を超えて「強い」のか? 日本代表を支える指導哲学に迫る
サッカー界に数々の才能を輩出し、常にその名を轟かせる筑波大学蹴球部。彼らはなぜ長きにわたり「強い」と言われ続けるのか。
現監督である小井土正亮氏とOBの井原正巳氏が語り合う動画を基に、その卓越した指導哲学、特に三笘薫選手を大きく成長させた独自の育成メソッドや、大学サッカーが持つ秘められた可能性を探る記事である。


選手個人の自律的な成長を促し、人間形成にも重きを置く筑波大学の「強さ」の根源に迫る。
Q. 筑波大学蹴球部は、なぜ世代を超えて強さを維持し続けるのか?
1896年に創設され、今年で130周年を迎える筑波大学蹴球部は、日本で最も歴史あるサッカークラブの一つだ。その歴史の中で、彼らは単に勝利を追求するだけでなく、日本全国にサッカーを普及させるという使命感も抱いてきたと小井土監督は語る。このような「魂」が、世代交代を繰り返しながらもチームの基盤として受け継がれている。

また、井原正巳氏と中山雅史氏がユース代表からのセンターバックコンビとして活躍したように、筑波大学には古くから才能ある選手が集まる。当時は教員を目指す者が多く、プロ制度がなかったこともあり、井原氏自身も生活費のためにコンビニエンスストアで深夜のアルバイトに励むなど、サッカーと学業、そして社会経験を両立させる自由な校風があった。上下関係が比較的少なく、互いに学び合う環境が、選手の多角的な成長を促す要因となっていた。
Q. 筑波大学蹴球部の「育成哲学」とは何か?特に「セルフマネジメントシート」の役割は?
小井土監督は、プロでの指導経験を経て35歳で母校の監督に就任したが、初年度に筑波大学史上初の2部降格という挫折を経験する。この「この世の終わり」と感じるほどのどん底が、自身の指導法を見つめ直すきっかけとなった。

その反省から生まれたのが「教えろ」という姿勢を手放し、学生の自律を促すための「セルフマネジメントシート」であった。これは、約200人の部員全員が毎年、自身の「現在の姿」と「なりたい未来の姿」、そしてその目標達成に必要な「具体的な行動」を手書きで言語化し、監督が一人ひとりに赤ペンでフィードバックするというシステムである。この作業を通じて、選手は深く自己と向き合い、自ら計画し、行動する習慣を身につける。
三笘薫選手もこのシートを通じて自身の目標を設定していた。彼が1年生の時に書いたシートには、「体が細い」「左足が弱い」といった客観的な課題と、ワールドカップ3大会出場といった明確な目標が記されており、その後実際にそれらの目標を着実に実現していった。細かな課題を認識し、言語化し、行動に移す継続力が他の選手との大きな違いを生み出したと小井土監督は分析する。
他にも、将来医師を目指しつつサッカー日本代表も目標とする学生や、「日本が決勝に進出するからワールドカップの3位決定戦でレフリーを務める」というユニークな志を持つ医学部の学生もいる。このシートは、サッカーのスキル向上だけでなく、学生自身の人生設計と自己実現に向けた強力なツールとなっているのである。
Q. 天皇杯におけるプロチームと大学チームの対戦の面白さと難しさとは?
天皇杯は、アマチュアの大学チームがプロチームと真剣勝負できる稀有な舞台である。この対戦には、プロ側の「ターンオーバー戦略」と大学側の「絶大なモチベーション」というコントラストが存在する。Jリーグ勢は過密なリーグ戦の中でメンバーを入れ替えて臨むことが多いのに対し、大学チームにとって天皇杯はまさに「人生をかける」一大イベントだ。この熱量の差が、実力差以上の激しい攻防を生み出す。
小井土監督と井原氏の間では、過去2回天皇杯での直接対決があった。2017年には、当時J2のアビスパ福岡(井原氏監督)と筑波大学(小井土氏監督)が対戦し、三笘薫選手(当時1年生)の60m独走ドリブルゴールなどで筑波大学が完勝。「どっちがプロかわからない」と評されるほどのジャイアントキリングを演じた。井原氏は母校への敗戦に「情けなかった」「この世の終わり」とまで感じたと吐露している。
2024年の再戦では、J1の柏レイソル(井原氏監督)が主力を投入し、延長戦の末になんとか勝利した。この時、筑波大学の実質的な戦術指揮を執っていたのは柏レイソルユース出身のヘッドコーチ戸田和樹氏だったという、因縁めいた対決も注目された。このようなプロの思惑と、大学チームのひたむきな挑戦が織りなすドラマが、天皇杯の最大の魅力となっている。
Q. 監督の采配は、データか直感か?W杯での森保采配から読み解くマネジメント哲学とは?
サッカーの監督の采配には、データ分析と直感、どちらが重要なのかという議論が常にある。2022年のカタールワールドカップにおける森保監督の采配について、外部からは「守りに入るべきではなかった」との意見も聞かれたが、小井土監督と井原氏は異口同音に、当時の判断は「最適解」であったと分析する。

W杯のような大舞台では、筑波大学や東京大学を含む多数のテクニカルスタッフが裏で膨大な分析を行い、その情報とピッチ上の刻々と変化する空気感が総合的に考慮される。指揮官の決断は、こうした全情報を踏まえ、自身の信念と経験に裏打ちされたものだ。観客視点では「もし三笘選手がもっと早くピッチに立っていれば」という“たられば”論も出るが、その場の状況で最も勝率の高い選択をするのが監督の役割だという。
小井土監督自身のマネジメント哲学は「やってダメなら仕方がない」というリスクテイク型であると述べる。一方で、まず「負けないこと」からゲームを組み立てる監督も存在する。現代のAIやデータ分析は膨大な情報を提供するが、その瞬間にどのデータが「正解」であるかを正確に判断するのは人間、すなわち監督の「直感」に他ならない。この「直感」は、監督個人の揺るぎない信念や哲学、長年の経験が凝縮されたものであり、それが采配に現れた時、選手やサポーターの心を動かし、一体感を高めるのだ。
Q. 大学サッカーの現状と今後の可能性、そして日本サッカー界における役割をどう捉えているか?
高校サッカー選手権の決勝が国立競技場に6万人もの観客を集めるのに対し、大学サッカーのインカレ決勝は5,000人弱、リーグ戦の平均観客数は300人台と、興行面での課題は大きい。この現状に対し、小井土監督は「選手のモチベーションのためにも、より多くの人に見てもらえる環境を整えたい」と語る。

プロモーションの工夫やアクセスの良い会場選び、メディアとの連携強化を通じて観客数を増やす余地は十分にある。筑波大学のホームゲームでは、熱心なプロモーションで学生や地域住民を2,000人も動員し、雑草の生えた土手にも観客が詰めかけたという成功事例もある。プロと遜色のないハイレベルな試合内容があるにもかかわらず注目度が低いのは、情報発信と機会提供が不足しているからに過ぎないと両氏は考えている。
大学サッカーの最大の強みは、「4年間かけてじっくりと選手を育てる」という、世界的にも稀有な育成システムにある。ヨーロッパの強豪クラブも、「サッカーだけしかできないロボット」ではなく、人間形成が伴った育成に近年関心を示しているという。サッカーエリート教育に加え、学業や社会経験を通じて人間的に成長できるモラトリアム期間は、高卒でプロ入りした選手には得られない、大学サッカー独自の大きなアドバンテージだ。
「大学サッカーは『未来の日本代表の原石』を発見できる場所だ」と小井土監督は熱く語る。2017年の三笘薫選手のように、将来のスターが目の前でプレーしている可能性がある。また、選手だけでなく、学生自身が主体的に運営や分析に携わり、部員が一体となって母校のエンブレムを背負い、互いを応援し支え合う「純粋な情熱と絆」は、大学サッカーが持つ他のカテゴリにはない無二の魅力である。