教育新常識
遺伝に勝つ学習方法
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2026年5月14日

遺伝的才能とあなたに必要な学習。教育が持つ相反する2つの顔とは。外発的動機と内発的動機。脳の2つのネットワークとは。教育脳について安藤寿康氏に聞いた。 <ゲスト> 安藤寿康|教育学博士 慶應義塾大学名誉教授 慶應義塾大学文学部卒業後、同大学大学院社会学研究科博士課程単位取得退学。日本における双生児...
遺伝子の「呪縛」はもう古い!子どもの「やる気」を引き出す脳科学的アプローチ
子どもの才能や学力に対し、「遺伝だから仕方ない」「親が頑張れば伸ばせる」など、さまざまな見方がある。特に「遺伝」という言葉には、時にネガティブなニュアンスや抗いがたい宿命といったイメージがつきまとうこともあるだろう。しかし、最新の行動遺伝学では、その見方を根本から覆す洞察が得られている。
教育学博士である安藤寿康氏が語る「遺伝的才能」と「必要な学習」の関係性は、親や教育者が抱える漠然とした不安を解消し、子ども一人ひとりの個性とやる気を引き出すための新たな視点を提供する。遺伝子は果たして「呪縛」なのか、それとも「ポジティブな可能性の源泉」なのか。その真の関係性を、脳科学的アプローチを交えながら深掘りする。

Q. 遺伝は才能の「呪縛」なのか、それともポジティブな要素として捉えるべきか?
多くの人々が遺伝に対し、「変えられないもの」「どうしようもないもの」というネガティブなイメージを抱きがちだ。しかし、この考え方こそが才能開花の阻害要因となる。行動遺伝学は遺伝を「個人の素質や可能性を示すポジティブな要素」と捉えるべきだと主張する。
この視点転換が、子どもの才能を理解し伸ばす上での第一歩だ。自分の子どもが「どのような遺伝的特性を持っているか」を認識することは、ネガティブな諦めではなく、むしろ「この子独自の素晴らしい特性」として日々の成長を観察する喜びにつながる。遺伝を単なる運命論とせず、前向きな可能性の源泉と考えるべきだ。
Q. 子どもには親とは違う独自の才能が潜んでいるのか?
子どもの遺伝子は、親から受け継いだ膨大な情報がシャッフルされて生成される。この遺伝子のランダムな組み合わせこそが多様な個性を生み出す。したがって、親子が似ている特性を持つ一方で、親とは全く異なる素質や才能が発現する可能性が大いにあるのだ。

例えば、親の代では開花しなかった隠れた才能が、子どもにとって最適な環境や育てられ方によって目覚めることも少なくない。遺伝は固定されたものではなく、環境との相互作用の中で多様な発現の仕方をする。親子が似ている部分だけでなく、異なっている部分にも注目し、その独自性を尊重することが重要と言える。
Q. 教育における「内発的動機」と「外発的動機」の二つの顔とは何か?
教育には、「学びたい」「楽しい」という自らの内側から湧き出る好奇心や探求心に基づく「内発的動機」と、褒美や罰、成績、他人からの指示など外部からの働きかけによる「外発的動機」という、愛反する二つの側面がある。この両者は、人間のやる気の源泉として機能する。
『ドラゴン桜』のような漫画は、受験合格という外的な目標のために効率的な学習テクニックを学ぶ強力な外発的動機の世界観を描いている。そこには「社会に騙されないために勉強する」といった外圧が原動力として働く。

一方、『ブルーピリオド』では、主人公が美術を通じて初めて人と心から通じ合えた感動から、絵を描くこと自体に喜びを見出す。これは自らの内面から発する純粋な「やりたい」という気持ち、すなわち内発的動機によって行動が推進される物語だ。このような内発的動機が学習の本当の楽しさや成長の源泉となる。
教育はこの二つの動機付けをバランスよく使いこなすことが肝要であり、どちらか一方に偏重すると思わぬ落とし穴にはまる可能性がある。
Q. 脳の2つのネットワークは学習ややる気にどう影響するのか?
人間の脳には、物事を処理したり、目の前の課題をこなす際に活発に働く「中央実行ネットワーク(仕事モード)」と、ぼーっとしている時や自分自身について考えたり、物語を紡いだりする時に働く「デフォルトモードネットワーク(自分モード)」という、独立した2つの大きなシステムが存在する。
これら2つのネットワークはシーソーのような関係にあり、一方が活発な時にはもう一方が抑制される傾向がある。つまり、仕事や勉強に集中している時は、脳は「本当の自分」の感情や内省を一旦抑えている状態にあるのだ。
デフォルトモードネットワークは、散歩中や入浴中、睡眠に入りかける時など、リラックスした状態や外部からの刺激が少ない時に活性化する。この時、私たちは自分自身の過去の経験を整理したり、未来を想像したりすることで、自己の物語を再構築する。このプロセスが、内発的動機の源泉となり、「本当にやりたいこと」に気づくきっかけを与えることがある。
内発的動機と外発的動機がうまく結びつき、脳の2つのネットワークが協調して働くとき、人は究極の集中状態「ゾーン」や「フロー」に入ることがある。この状態では、自分という意識さえも消え、「無我の境地」でパフォーマンスが最大限に発揮されるのだ。
Q. 良かれと思った「ご褒美」が子どものやる気を奪ってしまうのはなぜか?
親が子どものために良かれと思って与える「ご褒美」(外発的動機)は、実は子どもの本来のやる気、「好き」という気持ち(内発的動機)を損なう可能性がある。これを心理学では「アンダーマイニング効果」と呼ぶ。
ある実験では、もともと面白いと感じるゲームに対し、「成功したら報酬を与える」と伝えたグループは、報酬がなくなった途端にゲームへの興味を失ってしまった。一方、報酬と関係なくゲームを楽しんでいたグループは、その後も継続的に高いモチベーションを示した。この現象は、外発的動機がなくなった時に「自分のやることではない」と意識されてしまうことを示している。
日常生活でもこの例は多々見られる。例えば、子どもが自ら部屋を片付けようとした瞬間に親から「早く掃除しなさい」と言われると、途端にやる気を失うことがある。これは、自発的な行動が外部からの指示によって「やらされる」ものに変わるためだ。また、星が好きで毎日望遠鏡を覗く子どもに対し、親が「テストで良い点を取ったら、新しい望遠鏡を買ってあげる」と持ちかけると、純粋だった興味が「報酬のために努力する」というコントロールされた行動に変わり、星そのものへの関心を失うことにつながる可能性もある。
褒め方にも同様の罠がある。報酬や言葉による外的刺激には、「人をコントロールする報酬的機能」と「行動の正しさや価値を伝える情報的機能」の二つがある。子どもは、大人が本心から言っているのか、それとも操作しようとしているのかを見抜く高い洞察力を持つ。心からの感想や称賛は子どもの自信とやる気を育む情報となるが、下心のある褒め言葉は子どもを辟易させてしまうのだ。人間は本来、他者からコントロールされることを嫌い、自らの意思で行動したいと願う内発的な存在なのである。
Q. 親が子どもの才能を伸ばすために本当にできることとは何か?
親が子どもの才能を伸ばすために最も重要なことは、親自身が自分の人生を楽しみ、仕事や社会に真摯に向き合う姿を見せることだ。親の生き様そのものが、子どもにとって最高の「教材」となる。子どもは親の背中を見て、生き方や学び方、社会との向き合い方を学ぶものだ。
マニュアル本や「こうあるべき」といった情報に振り回されず、親自身が自身の経験に根ざした「教育の軸」を持つことも肝要だ。親がブレない姿勢を持つことで、子どもも安定した環境で育つことができる。子どもの成長は、親が「自分が全てをコントロールできる」という考えを手放し、子どもを一人の人間として尊重し、見守る姿勢から始まる。
内発的動機は無理に「伸ばす」ものではなく、子ども自身から自然に湧き出てくるもの。親の真の役割は、その大切な動機が外部の力によって「塞がれない」ように、また「邪魔されない」ように配慮することである。良好な親子関係が築けていれば、親は子どもの心境を読み取り、適切なタイミングで寄り添い、サポートを提供できる。
Q. 子どもが苦手な科目に対して、親はどのように接するべきか?
暗記力のような一般的な能力は、訓練によって劇的に向上するものではなく、遺伝的な素質によるところが大きいという知見がある。無理に苦手なことに時間を費やすよりも、子どものエネルギーを好きなことや得意なことに集中させた方が、はるかに全体のパフォーマンスや自己肯定感の向上に寄与する。

もちろん、最低限の課題をこなすことは必要だが、親は苦手な科目に対して「これはほどほどで良い」というメッセージを伝える勇気を持つべきだ。この言葉は、子どもにとって精神的な負担を軽減し、本当に伸ばすべき分野に集中するための「許可」となる。すべての科目で満点を取る必要はない。子どもが自己肯定感を感じられる得意分野を一つでも持つことの方が、長期的な精神的成長にはるかに有益だ。
「精神的エネルギー」を何に費やすかは、まさに経済学的な問題だと論者は指摘する。限られたエネルギーをどう配分するか、その見極めこそが親の賢明な判断力によって導かれる。親自身が自身の軸と価値観を持ち、それを子どもに伝えることで、子どもは自身の進むべき道を選択しやすくなるだろう。