マーケット超分析
2億円投資家ヤーマンのデイトレ&スイング必勝法/銘柄選びのポイント/リスクを取らない勝ち方
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2026年1月22日

月イチで株式相場の解説を行う、「マーケット超分析」の1月回。後編は、2億円投資家ヤーマンが株式投資の必勝法を語る。 <出演者> 柴田阿弥|MC 木野内栄治|大和証券 チーフテクニカルアナリスト 1988年に大和証券に入社。 以来一貫してテクニカル分析業務に従事。日経ヴェリタス「人気アナリスト」テ...
元手200万円から2億円の資産を築いた投資家・ヤーマン氏の成功と哲学
投資の世界で多くの成功者が現れる一方、華々しい道のりの裏には必ず失敗や苦悩が存在する。今回紹介するヤーマン氏は、元手200万円からわずか数年で2億円もの資産を築いた億トレーダーだ。
元証券ディーラーという異色の経歴を持つ彼が、いかにして相場の荒波を乗り越え、自身の投資スタイルを確立してきたのか。そして、一度は天国から地獄へ転落しかけた大失敗から、どのような教訓を得たのか。
その真実に迫るとともに、誰もが成功を羨む中で、彼があえて異業種の事業へと挑戦した知られざる背景や、多忙な中で進化を遂げた新たな投資戦略について深掘りしていく。

Q. 元手200万円から2億円を築いたヤーマン氏の投資人生は、どのように始まったのか?
ヤーマン氏は新卒で証券ディーラーとなるも、2012年末に会社の証券ディーリング部門が縮小されると、独立を検討し始めた。信用取引の規制緩和が始まり、少資金でも売買できる環境が整うと判断し、2012年10月にデイトレーダーとして退職。貯金200万円を全額証券口座に入れ、生活費はラーメン屋の深夜バイトで賄った。

独立当初は朝9時から15時まで株取引、15時から17時まで取引をブログで復習し、17時半から深夜1時までラーメン屋で働くという、まさに寝食を削る生活を送っていた。この期間、彼は着実に月10万円ほどの利益を積み重ねた。
Q. 絶好調のアベノミクス相場で一時苦戦を強いられたヤーマン氏が、成功への扉を開いた「マインドセットの変化」とは何か?
2013年に入り、相場はアベノミクス相場に突入し、日本株は急騰した。しかし、2008年のリーマンショックで証券ディーラーとなったヤーマン氏には「こんなに上がるはずがない」という経験からくるバイアスがあった。
彼は市場のトレンドに逆らい、空売りを仕掛け続けた結果、1月には月間利益が約4万円、2月には約1万円と大きく苦戦した。目標とした年500万円の達成には程遠く、悩んでいた時期があったという。
この苦境の中、証券ディーラー時代の同期から『オリバー・べレスのデイトレード』という本を紹介され、考え方に大きな変化が生じた。それは、「自分の考えに固執するのではなく、相場に自分を合わせていく」という哲学である。逆張りから完全な順張りへとスタイルを変えると、3月には月120万円、4月には670万円、そして5月には月1100万円もの利益を上げ、一気に資産を拡大させることに成功した。相場の性格が変わった際に、過去の経験を捨て、客観的な「流れ」に乗る直感が成功への転換点であった。
Q. 億トレーダー・ヤーマン氏が毎日欠かさず実践する、デイトレードにおける銘柄選定の具体的方法は?
ヤーマン氏のデイトレードにおける銘柄選定は、徹底した分析と日々のルーティンが基盤となっている。引け後には毎日、ストップ高やストップ安になった全ての銘柄をリストアップし、「なぜ動いたのか」という材料を調べて関連セクターを特定する。
次に、朝8時40分頃からの「気配値ランキング」をチェックする。ここで、前日リストアップした銘柄や、当日大きく値が動く可能性のある銘柄を洗い出し、当日の主戦場となる銘柄を最終的に決定する。この作業を「やらない日はない」と断言するほど、毎日欠かさず行うことで市場の「旬」を捉え続けることができるという。

少額資金で投資を始めた時期には、信用取引を最大限に活用(フルレバレッジ)し、資金効率を高めていた。彼は、「失っても働きながら取り返せる」という明確な基準があったため、果敢にリスクを取ることができた。また、日経平均は統計的に「高く寄り付き、日中に下がる(高寄り陰線)」傾向にある。この性質を理解していれば、デイトレードにおいては売りを絡めた戦略が有効であり、安寄りといった「普通でない動き」が発生した際には相場の異変を察知するヒントになると語った。
Q. 1100万円の大失敗から何を学び、どのようにリスク管理術を確立したのか?
順調に勝ちを重ねていた時期、彼は慢心し「自分のやり方は正しい」と過信した。ある日、パソコンが故障し、不慣れな漫画喫茶でのトレード中にバイオ株が急落した。しかし、「このラインは大丈夫」という根拠のない自信から損切りをせず、さらに買い下がり(ナンピン)を続けた。
その結果、ポジションは1億円にまで膨れ上がり、一時1100万円もの評価損を抱えた。この経験から学んだのは、「感情的になること」と「ルールを破ること」が大負けの根本原因であるという教訓だった。
彼は「終わりのルール」を確立した。それは、「1日の最大損失額を、自分の過去最高の1日の利益額まで」と定めるものだ。このラインに達したら、その日の取引を強制的に終了し、冷静さを保つ。また、損切りは「何%下がったら」という自己都合ではなく、「チャートの形が崩れたら切る」という客観的な相場の状況に基づいて判断するようになった。自分の感情やエントリー価格にとらわれず、全てをチャートに合わせることで、大きな失敗を避け、安定したトレードを継続できるようになったと述べている。
Q. なぜ順調に資産を増やす中で、美容室経営という異業種への挑戦を決断したのか?
投資家として成功していたにも関わらず、ヤーマン氏にはいくつかの葛藤があった。一つは、証券ディーラー時代の経験から「凪相場」(市場の動きが鈍い時期)が再び訪れる可能性を懸念していたことだ。市場が低迷すれば、デイトレードで稼ぎ続けることが困難になると考えた。
もう一つの大きな理由は、有名投資家テスタ氏との交流であった。一緒にトレードした際、テスタ氏は買いで利益を取りつつ、同時に売りも仕掛けて下落でも利益を得るという高度な技術を披露した。この両面からのトレード戦略を目の当たりにし、「相場に合わせるだけでは勝てない、いずれ来る凪相場ではこのような猛者たちと戦い続けなければならない」と自身の限界を感じた。
さらに、専業トレーダーの生活は、日中の取引と夜の投資仲間との飲み会という単調な繰り返しであった。口座の数字は増えるものの、新しい出会いや社会との接点が少なく、次第にやりがいや充実感を失っていった。これらの複合的な理由から、リスク分散と新たな刺激、そして人との繋がりを求め、美容室経営という異業種への挑戦を決意した。
資産が7000万円ほどに増えた2015年頃、彼は「借金は悪」という思い込みから、融資を受けずに自己資金で美容室を開業。順調に店舗を増やしていったが、大阪の一等地に出店した2店舗目が苦戦し、多くの資金を投入する羽目になった。このため、一時的に資産は減少したが、後に事業が軌道に乗り、投下した資金も無事回収。この経験を経て、再び投資活動を本格化させた。
Q. 事業家として多忙な日々を送りながらも、スイングトレードで継続的に利益を上げている秘訣とは何か?
事業との両立を図るため、ヤーマン氏はデイトレードから時間的余裕のあるスイングトレード、および中長期投資へと主軸を移した。スイングトレードの最大の秘訣は、「旬の銘柄」を追うのではなく、常に「最大リスクがどこにあるか」から逆算して銘柄を選ぶことだと述べる。

彼が約3500万円の利益を上げたスシロー株の事例は、この哲学を如実に示している。2022年にスシロー株が大暴落した際、チャート上の「大底」を最大リスクの基準点と定めた。その大底を割り込まないことを確認し、株価が揉み合っている局面で、そこを割らない限り強気で買い増していった。
テクニカル分析では、暴落後の安値を更新しない「下値切り上げ」の形を重要視する。このサインが確認できれば、反転の兆しがあると判断し、自信を持ってエントリーできる。目標価格は、値幅が変わる心理的節目である3000円に設定。約半年間保有し続け、この節目到達で売却することで大きな利益を確定させた。チャートだけでなく、半年後の社会情勢(コロナ収束の可能性など)を複合的に考慮することも、スイングトレードにおける彼の重要な判断基準であった。