PIVOT TALK BUSINESS
【天候の未来】AIは天気予報を変えるのか
(329)
4,775回視聴
2025年8月2日

温暖化が進む地球で未来の気候はどう変動するのか。またAIが天気予報にもたらすメリット/デメリットは?元気象庁長官である長谷川直之氏に聞いた。
長谷川直之元気象庁長官に聞く 気象予報の未来と懸念
気候変動がもたらす極端な気象現象、AIがもたらす天気予報の革新、そして人間の役割の変化。
天気予報の最前線に立ち続けた長谷川直之・元気象庁長官に、地球環境と気象予報の未来について語っていただきました。

Q. 長年、天気予報の最前線で様々なことを見てこられた中で、将来に向けて最も懸念していることは何ですか?
気候変動が最大の懸念です。今日も暑いですが、最近では北海道でも40℃という予報が出るほどの異常な暑さが発生しています。
これは太平洋高気圧が北海道までカバーし、温められた空気が影響しているという面もありますが、
根本的には地球温暖化によって気温の基準値自体が上昇していることが大きな要因です。
気温の上昇だけでなく、雨の降り方が極端になっていることも大きな問題です。
日本はもともと大陸の東に位置する島国で台風の通り道であり、梅雨前線が毎年やってきて、冬は大雪が降るという気象条件を持っています。
このような環境下で気象現象がさらに激しくなることに対して、きちんと備えていく必要があります。
Q. 気候変動に対してどのような対応が必要だと考えますか?
河川整備や都市の排水設備の改善など、インフラ面での対策は当然必要です。最近では「強靭化」という言葉がよく使われます。
これは災害に対して大切なものを守るという考え方ですが、ただ強固な設備を作るだけではなく、
何か起こった時に人々が柔軟に対応し、迅速に元の生活に戻れるようにするという意味合いも含んでいます。

そのためにも気象情報をより良くし、人々にそれを上手に活用してもらうことが重要です。
命を守り、経済を守り、本当に深刻な事態にならないよう、気象情報を活用して上手に対応していく必要があります。
Q. 排水設備など、インフラの設計基準についても変化が必要なのでしょうか?
排水設備や堤防などは、「100年に1回の雨に耐えられるように」という考えで設計されているものが多いです。
この「100年に1回」というのは、必ず100年ごとにそういう雨が降るわけではなく、
その頻度として100年に1回程度しか発生しないだろうという雨量を基準にしています。
問題は、気候変動によってこの基準値自体が変わってきていることです。
以前は100年に1回と想定していた雨量が、これからは100年に5回とか6回来るかもしれません。
そうなると設備の設計基準を見直す必要がありますし、そのような大雨が発生した時の対応策も考えておく必要があります。
Q. 気温上昇が人間の活動によるものだと科学的に証明されたのは最近のことなのでしょうか?
世界の平均気温が上昇しているということは以前から分かっていましたが、
それが人間の排出する温室効果ガスによるものだと「疑う余地がない」と明確に言えるようになったのは2021年のことです。
それまでは「可能性が高い」といった表現で言及されてきました。
IPCCという気候変動に関する政府間パネルが最初にレポートを出したのは1990年ですが、当時はまだ自然変動の可能性も否定できませんでした。
気温のグラフは上下に変動しており、自然変動なのか人為的な要因なのかを区別するには、長期間のデータ蓄積と研究が必要だったのです。
気候科学のパイオニアである眞鍋淑郎氏は1967年頃に「二酸化炭素が倍になったら気温が2度上昇するかもしれない」という論文を発表しました。
これが地球温暖化の可能性を指摘した最初の研究だと言えます。そこから約50年以上の研究の積み重ねを経て、ようやく「疑う余地がない」という結論に至ったのです。
Q. 気象データの提供方法について、国によって考え方に違いがあるのでしょうか?
約30年前に、気象データをどう扱うかについて国際的な議論がありました。
特にヨーロッパの国々は「気象データはビジネスの一環として販売すべきもの」という考え方が強かったのに対し、日本は異なる立場をとりました。

日本の方針は「データそのものは無料にすべき」というものでした。
公的機関である気象庁が税金を使って作成したデータはみんなのものだから、誰にでも無料で提供する。
ただし、そのデータを企業に届けるためのコストについては、ビジネスを行う側に負担してもらうという考え方です。
一方、アメリカは「政府が持っているものは全部無料」という非常に明確な方針を持っていました。
例えば、ヨーロッパの気象ビジネス関係者がイギリスの気象データを欲しいと言っても、イギリスの気象機関は「いくら払ってください」と言うのに対し、
同じデータをアメリカの気象機関に求めると無料で提供されるという状況でした。このような違いがビジネス展開に大きな影響を与えていました。
Q. 最近ではAIを活用した天気予報も注目されていますが、現状はどうなっていますか?
気象の世界でもAIはさまざまなところで活用されるようになってきました。特に注目されているのは数値予報への応用です。
従来の数値予報は物理法則に基づいたプログラムで計算するものですが、AIを使うと物理法則を使わずにデータだけから予報ができるようになってきました。
ヨーロッパ中期予報センター(ECMWF)は数値予報の精度が非常に高いことで知られていますが、
最近ではGoogleなどの民間企業がAIを使った気象予報に取り組み、高い精度を実現しています。
ECMWFも自らAI予報を検証し、その精度の高さを認めて正式な情報の一つとして出すようになりました。
AI予報の最大のメリットは、日々の予報に必要な計算機のリソースが非常に小さくて済むことです。
AIの学習自体は大変な計算量を必要としますが、一度学習してしまえば、予報を出すための計算は従来の数値予報に比べて格段に少なくて済みます。
精度面では、例えば台風の進路予報などではAIが良い結果を出すと言われていますが、
台風の強さについてはまだあまり精度が高くないといった課題もあります。日本の気象庁もこれからAI予報に取り組むと表明しています。
人間とAIの役割分担はどうなるのか?
Q. 今後、気象予報における人間とAIの役割はどのように変わっていくと思いますか?
AIの予報精度が向上し、説明能力も高まっていくことは間違いありません。
しかし、全ての予報業務をAIに任せることには反対です。その理由は、人類が科学として持っている知識体系を損なうべきではないと考えるからです。

例えば、「なぜ今日は暑いのだろう」と考える素朴な科学的思考を掘り下げていく営みは大切です。
日々の予報業務はAIに任せられるかもしれませんが、なぜAIがそのような予報をするのか、
なぜある部分ではAIが数値予報より優れているのかを考えることが、これからの気象予報の新しいテーマになるかもしれません。
災害が起きそうな時に「AIがこう言っているから避難してください」と言うだけでは不十分です。
なぜそのような状況になるのか、どのような現象が起きる可能性があるのかを説明する責任は依然として人間にあります。
予報官は、単にAIの出力を解説するだけでなく、新しい知見を解説に加えたり、AIの予報が本当に正しいのかを見抜く力を持つことが求められます。
今後はAIの活用によって精度が向上し、情報の伝わり方も改善されていくでしょう。
しかし、科学的思考を基盤とした人間の役割は依然として重要であり続けると考えています。