PIVOT TALK SPORTS
横浜高校野球部、凋落からの復活
(495)
5,405回視聴
2025年7月21日

名門・横浜高校は、なぜ不振の時代を乗り越え、再び甲子園の頂点に立てたのか。「Z世代」を覚醒させた指導法の秘密とは。2020年から指揮をとる村田監督のチーム再建術と、春夏連覇への挑戦を追った。 <ゲスト> 村田浩明|横浜高校野球部 監督 1986年生まれ。 横浜高校野球部に入部すると、 甲子園では2...
「横浜高校野球部 村田監督に聞く勝ち組織の作り方」
最強のチームを作るために大切なこと―横浜高校・村田監督の組織論
選抜優勝を果たした名門・横浜高校野球部の村田浩明監督に、強い組織づくりのポイントを聞いた。「今時の若者は」という言葉を嫌う村田監督が語る、時代に合わせた指導法と組織マネジメントの秘訣とは。

Q. 横浜高校野球部の強さの秘密は何ですか?
横浜高校は野球だけの選手を作る気はまったくなく、野球と進路の自己実現、そしてこれからの人生に向けて「生きる場所」を教えることを大切にしている。渡辺前監督が残した「世の中に出て人生の勝利者になる」という言葉を軸に、グラウンドで汗を流している。
どこの学校も人間育成や社会に出て通じる力を育てると言うが、横浜高校はそこにこだわり抜いている。社会に出て「横浜高校野球部出身です」と言うと、挨拶や礼儀ができて当然と思われる。そのため、全員がレギュラーになれるわけではないからこそ、社会に出て「本物のレギュラー」を掴めるような人間育成を続けている。

Q. メンバー選考の基準はどのようなものですか?
夏、秋、春はそれぞれ別の大会だと考えていて、特に夏は選手たちの過ごしてきた「軌跡」をしっかり見る。横浜高校で村田監督と一緒に甲子園に行きたい、プロ野球選手になりたいという思いで親元を離れてきた選手たちの中から、昨日強い、昨日熱いという選手ではなく、チームのために動ける選手、犠牲心がある選手、気づく力のある選手、声が一番出る選手、朝早く一番にグラウンドに来る選手など、総合的に判断している。
横浜高校は「全員野球」を掲げており、全員でその20枚の背番号を追い求めて、その中から選ばれる。背番号発表があった時、今年は誰も泣かなかった。毎年背番号をもらえなくて泣く選手がいるが、今年のチームは背番号獲得がゴール地点ではなく、その先にゴール地点があると理解していた。今年のチームは例年と違うチームだと感じた。

Q. Z世代の若者を相手にした組織づくりで大事にしていることは?
「第3の場所」を大事にしている。グラウンドでは厳しく、学校生活では野球部としての自覚と責任を持たせるが、「素の自分でいられる場所」も作っている。例えば、グラウンドの1階に自分で治療できる場所を設けた。グラウンドでは「肩が痛い」と言わない選手も、そういう場所では「ちょっと痛い」と本音を言えるようになり、近い距離で話せるようになった。
寮にもそういう場所があり、「ちょっと痛いなら、ランニングやめておけ」といった大事な会話が普通にできるようになった。「今時の若者は」という言葉が大嫌いで、選手がいてこそ監督ができるし、チームが作れると思っている。どんな選手でも財産だと思っているので、時代区分で選手を見ることなく、気を使わず家族のように過ごすことを大切にしている。

Q. 公立高校時代の経験が指導に与えた影響は?
公立高校では野球部の練習状況はひどく、「サークル」や「草野球より酷い」状態だった。しかし選手と向き合い、毎日バッティングピッチャーを担当し、600球ほど投げ続けた。その思いが伝わり、選手たちが自分のためだけでなく、人のため、チームのために考える心が芽生えた。
向き合っていない人ほど「今時の若者は」と上から子供を見るが、向き合うほど子供は伸びると感じた。難しい選手でも心と心が通じ合ってこそ言葉が伝わる。高校野球は2年半という短い時間しかないので、1日1日を大切にしている。グラウンド外での指導を特に重視しており、素の状態の選手に対して本当の言葉をかけることで心に届く。
Q. 名門復活のために指導者自身も変わる必要があったのでは?
横浜高校が一番変えたのは、子供をしっかり変えるというより、大人がしっかり変わること。夏の大会に負けてから大人に資料を配り、選手たちの前で「大人も変わる」という宣言をした。大人が変わらないと子供も変わらない。高校までが人が変われる最後のチャンスだと思っている。大人になればなるほど経験があり、自分の考えが強くなって、なかなか人の話を聞かなくなる。
大人を変えることは難しいが、それを変えない限り横浜高校はその先に行けないと思った。コーチたちが変わってくれたのはありがたかった。選手以上に、スリッパを揃える、挨拶を相手より先にしっかりする、グラウンドにも選手より早く来るなど、基本的なことを徹底してくれた。また、県立高校で指導経験のある「横浜高校の血が入っていない」コーチを招き、血の循環を良くした。

Q. 村田監督にとって印象に残る試合は?
負けた試合、特に相模との勝負が印象に残っている。2023年の夏の神奈川大会決勝と翌年の東海大相模戦は、思いが強すぎたと反省している。勝ちたい気持ちは大事だが、「勝ちたい」だけでは勝てない世界だと学んだ。冷静さが欠けていて、勝ちたい気持ちが選手より上回ってしまい、選手たちも混乱してしまった。
監督の再配力で勝敗を分ける部分は大きいが、夏の決勝は最後に甲子園に行きたいという気持ちの強い方が勝つ。2023年の夏、慶應戦では9回表に審判のジャッジで勝機を逃したが、そこで切り替えられず、9回裏は戦えなかった。翌年の東海大相模戦でも、前年の慶應戦の屈辱を晴らすという思いが強すぎて、チームカラーを潰してしまった。「あなたたちのチームで思い切ってやれ」と言えていれば、決勝も勝てていたかもしれない。

Q. 勝利と育成のバランスをどう取っていますか?
「全員野球」を掲げることで、このバランスを取ろうとしている。どれだけ練習しても、試合での経験が何より大事で、試合での良いプレーは練習の100日分の成果に匹敵する。これだけ練習しているのに試合で使ってあげない監督は監督ではない。
横浜高校では過去、エースがずっと投げ続けるため、2番手、3番手は機会が少なく伸びにくかった。しかし複数のピッチャーを起用することでチームはより強固になる。選手に「本当に使うよ」と伝えたら、選手たちの準備の姿勢が変わった。甲子園でも出せば出すほど、皆が力を発揮してくれた。
全員を起用することは怖さもあるが、監督が怖がっていたら選手にも伝わり、選手も戦えない。若い頃は「相手を倒すぞ」という監督だったが、今は選手をどんどん使って、価値を求めるという姿勢に変わった。組織らしくなってきたと感じている。
Q. 野球の常識にとらわれない采配について
春の甲子園決勝では、ツーツーのカウントで投手交代という一球リリーフを実行した。エース織田の早い球を見ていた相手バッターに対し、右から左の投手に変え、初見のスライダーを投げさせた。片山投手は前日「一球あるぞ」と言われており、その一球を投げて三振を奪った。カウント途中での交代は基本的にはしたくないが、準備してきたことをここぞという時に実行するために決断した。実際に片山は初球スライダーで空振り三振を取り、流れを変えた。
また、明治神宮大会準決勝では内野5人シフトを採用した。レフトを内野に配置し、ホームゲッツー(本塁での封殺)を取りやすくした。バッターのヒットゾーンを分析し、引っ張られないと判断したエリアの守備を減らし、ヒットの可能性が高いエリアに守備を集中させた。野球の常識外かもしれないが、常識を覆して新たな常識を作ることも必要だと考えている。公立高校時代、部員が少ない中でも勝つための工夫が、今の采配の発想につながっている。

Q. 名門校・横浜高校が変わり続ける必要性は?
横浜高校は共学化になり、学校の雰囲気も入ってくる部員も変わってきた。野球も乗り遅れないように変わっていく必要がある。渡辺前監督や小倉コーチという偉大な恩師のやり方を踏襲しようとしていたが、それだけではうまくいかなかった。相模戦に負けた後、自分の色を出していないことに気づいた。
継承とは、大事にしてきたものを残しつつ、新しいことも取り入れながら自分でどんどん変えていくことで実現する。特に体づくりは大きく変わった。以前は野球9割、トレーニング1割の感覚だったが、現在はパワーの重要性が高まっており、地道な努力で選手の体を作り上げている。その結果、野球も一気に変わった。
Q. 村田監督が考える最強のチームとは?
最強のチームとは、野球以外のところからどう野球につなげられるかがポイント。横浜高校が変わらず掲げているのは「応援される、愛されるチーム」。そこができてこそ価値がある。様々な勝ち方があるが、価値のあるチーム、価値のある勝ち方をしていた先に最強のチームは生まれる。単に勝って優勝するだけでは長くは続かない。
人気のお菓子が長く売れ続けるように、周りから愛されて続いていくチーム作りを目指している。試合に勝つためのポイントとしては、まずコンディショニングが重要。野球場以外に敵が存在するため、睡眠や食事の徹底など、グラウンド外の部分をしっかり管理する。心と体が一致してベストパフォーマンスを出せるようにすることが大切だ。
最強の組織づくりに必要なことを一言で表すなら「力戦奮闘」。力のある限り戦い抜くこと、甲子園に生きることを大切にしている。最後の最後まで力を出し尽くし、後悔しないこと。甲子園があるから頑張れる、頑張らなければならないという思いが、最強の言葉になっている。