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ビジネスに効く「科学的思考入門」
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2025年5月20日

直感は多くのバイアスに左右されているため、当てにならない。仮説を立て、それを検証するという作業が科学的思考。その思考法をビジネスに取り入れる方法を、植原亮氏に聞いた。 <ゲスト> 植原亮|東京大学大学院情報学環 准教授 1978年、埼玉県生まれ。東京大学教養学部基礎科学科卒業、同大学大学博士課程修...
ビジネスに効く科学的思考 - 不確実な時代を生き抜くための実践法
東京大学大学院情報学環准教授の植原亮氏が語る「科学的思考入門」。科学哲学の専門家である植原氏は、専門家だけに独占されがちな科学的思考を一般の人々が日常で活用できるよう橋渡しを試みています。科学的思考はビジネスシーンでも強力なツールとなり得るのか、その真髄に迫ります。

科学的思考とは何か?
Q: 「科学的思考」とは具体的にどのようなものですか?
科学とは信頼性の高いやり方で質の高い情報を生み出そうとする試みです。その中で使われている思考法が科学的思考であり、そうした活動としての科学を理解することもまた科学的思考の一部です。
Q: 科学的思考の例を教えてください。
例えば「Rから始まる英単語と、3番目の文字がRである英単語では、どちらが多いでしょうか?」という問題があります。多くの人はRから始まる単語のほうが多いと感じますが、実際は3番目にRが来る単語のほうが多いのです。

これは「利用可能性バイアス」と呼ばれる認知バイアスによるものです。Rから始まる単語のほうが思い出しやすいため、その数も多いと錯覚してしまうのです。
Q: 日常生活でもこのようなバイアスは起こりますか?
はい、例えば家事の分担についての認識がそうです。カップルや家族に家事への貢献度を尋ねると、各自の回答を合計すると100%を超えることがよくあります。これは自分がした家事は思い出しやすいのに対し、相手がした家事は見ていないことも多いため、自分の貢献度を過大評価してしまうからです。
同様に、チームでのプロジェクトでも「自分だけが頑張っている」と感じる人が多いのは、こうしたバイアスが働いているからかもしれません。
AI時代における科学的思考の重要性
Q: AI技術が進化する中で、科学的思考の重要性はどう変わるでしょうか?
AIに関しては二面性があります。一方では、AIによって雑多な情報が簡単に生成されるようになり、質の不確かな情報が氾濫するため、情報の質を見極める科学的思考がますます重要になります。
他方、AIをうまく活用すれば、これまで専門家しかアクセスできなかった専門的な研究の知見を一般の人々にも届けられるようになるかもしれません。従来は学会のような組織が担ってきた「サーベイ論文」や「総説論文」のような役割をAIが果たし、科学の有効な部分を専門家でない人々にも伝えられる可能性があります。
Q: つまり、今後は科学的思考をさらに活用する場面が増えるということですね。
その通りです。防御的な意味でも、積極的に活用するという意味でも、科学的思考はますます重要になっていくでしょう。
科学的思考を実践する際の壁とは
Q: 科学的思考を実践しようとする時の壁やハードルは何ですか?
最大の壁は「心理は真理を保証しない」という認識です。自分が心理的にもっともらしいと感じることが、必ずしも真理(正しさ)を保証するわけではないということを理解するのは難しいものです。
Q: 具体例はありますか?
手塚治虫と宮崎駿にまつわる逸話があります。ある年、日本漫画家協会賞の大賞に宮崎駿の「風の谷のナウシカ」が推挙された際、手塚治虫はその受賞に反対しました。なぜ反対したのかと問われると、多くの人は「宮崎駿の作風を評価していなかったから」と推測します。

しかし実際は、手塚治虫は自分以外の作品が受賞候補になると常に反対していたのです。つまり、宮崎駿だけを特別に評価していなかったわけではありません。
このように、有名人の名前を出すと、そこに何か特別な関係性や理由があるように感じてしまいます。最初に思いついた仮説が必ずしも正しいとは限らず、他の説明の可能性も検討する必要があるのです。
組織に科学的思考を根付かせるには
Q: 組織文化として科学的思考を根付かせるには何が必要ですか?
一つの方法は「デビルズアドボケイト(悪魔の代弁者)」という役割を組織内に設けることです。あえて主張や仮説、提案に対して批判的な立場から検討する役割を決めておくのです。例えば「今回のプロジェクトについて、あなたは悪魔の代弁者として批判してください」と役割を指定します。
こうすることで、自分は本当はそのプロジェクトを支持していても、役割上あえて批判的な視点を提供できます。これによって間違いや勘違い、改善点が見つかり、プロジェクトが洗練されていくのです。
Q: それは科学の世界でも行われているのですか?
その通りです。科学では論文が投稿されると、レフェリーやレビュアーと呼ばれる人々がその内容をチェックし、ジャーナルに掲載できるかどうかを判断します。これは制度として科学が集団で行っているチェック機能です。
同様の仕組みを組織内に取り入れることが重要です。ただし、同じ視点の人だけがチェックするのではなく、組織内の多様性を確保した上で役割分担することが効果的です。同じ年代や同じバックグラウンドの人だけでは、同じような批判しか生まれないからです。
Q: もう一つの方法はありますか?
ゲーム開発の「ベータ版」の考え方を取り入れることです。プロジェクトの途中経過を常に「ベータ版」と考え、一定の人数に試してもらい、フィードバックを受けて改善していく方法です。
ゲーム開発では、未完成で不具合や改善点がある段階のものをベータ版として、限られたプレイヤーに遊んでもらい、問題点や改善点を指摘してもらいます。そのフィードバックを反映して製品版に高めていくのです。

科学の世界でも、論文がジャーナルに掲載された後も、他の研究者が追試験を行い、結果が再現できるかを確認します。再現できない場合は、元の研究にどこか問題があったのではないかと見直されるのです。
組織のプロジェクトも同様に、「ベータ版」の段階で多くの視点からチェックし、問題点を洗い出すステップを組み込むことで、より質の高い成果につながります。
科学的思考の習慣化
Q: 「反証主義」について教えてください。
反証主義で言われる「反証可能性」とは、原理的にその主張が間違いであることを確かめられることです。科学的な仮説は、それが誤りであることを示す条件を明確に述べられるべきだという考え方です。
アインシュタインは自分の理論がどのように誤りであると示されうるのかを完全に明確に述べることができました。自分の研究成果は正しいと思いたくても、それが間違っているとしたらどんな場合かまで述べられて初めて、その主張や仮説は明確に述べられていると言えるのです。
Q: 仕事においてもその姿勢が重要ですね。
その通りです。自分の意見や提案について、それが誤りである可能性も考慮した上で提示することで、より堅固な主張になります。また、自分なりに検証済みであれば、批判にも対応できるようになります。
Q: 科学的思考の未来への展望を教えてください。
科学と科学的思考は、人間がこの不確かな世界とうまく向き合い生きていくための取り組みの中で蓄積してきた結晶のようなものです。現代は不確実性の時代と言われますが、だからこそ科学的思考は非常に有効な道具として役立つでしょう。
また、科学的思考は自信にもつながります。自分の思考過程を確かめられれば、「こうやって考えてきたから大丈夫」という自信が生まれるのです。不確実な時代だからこそ、科学的思考は私たちの強力な味方になるでしょう。