EXTREME SCIENCE
さようなら EXTREME SCIENCE
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2025年2月28日

46本目、最後のEXTREME SCIENCE。茂木健一郎とPIVOT最後の出演 竹下隆一郎が「国家とAI」をテーマに大激論。国際社会とテクノロジーの未来、人間の在り方とは。 <目次> 0:00 ダイジェスト 1:58 国家とAI 9:05 文学とAI 11:17 AI時代の教育 18:54 AI...
AI時代の生き方とは?茂木健一郎×竹下隆一郎対談
私たちの社会はAIによって急速に変化している。将来、AIが人間の能力を超える「シンギュラリティ」と呼ばれる時代が来ると言われているが、それはもう始まっているのかもしれない。国家とAIの関係、教育の未来、そして人間の価値とは何か。脳科学者の茂木健一郎氏と竹下隆一郎氏の対談から、AI時代を生きるヒントを探る。

Q. AI時代に、人間はどう生きていけばいいのでしょうか?
「僕はおそらく2023年のうちにポストシンギュラリティの経験が増えていくと思う」と茂木氏は語る。シンギュラリティは元々2045年に訪れると言われていたが、囲碁や将棋、チェスの世界ではすでにポストシンギュラリティの状態にあるという。
将棋界のトップ棋士でさえAIの指し手の意味を理解できないケースが出てきている。有名な事件として、羽生善治氏が対局中、AIの判定では90%以上有利だった局面で投了してしまったことがあった。AIの読み筋は、羽生氏ほどのトップ棋士でさえ理解できなかったのだ。
トップ棋士がAIに学ぼうとしても、AIが進みすぎて人間には意味が分からない手を打つため、学ぶことができないという状況になっている。これはまさに「ポストシンギュラリティ」の一例だ。
文章や映像の世界にも、こうした状況が近々訪れるだろう。AIが完璧なプロットや文章を生成できるようになると、人間が書いたものが「ポンコツ」に見えるようになるかもしれない。
Q. 教育はどう変わっていくのでしょうか?
竹下氏は「AIを使って調べるというのが、最大のスキルになる」と指摘する。例えば社会科の授業で地域の公害を調べる場合、従来は工場での聞き取り調査をしていたが、これからはAIでプログラムを走らせて空気の測定をしたり、SNSから情報を集めたりして、総合的なレポートを作れるかどうかが重要になる。
こうしたプロセスを全部AIが行うようになると、プロジェクトリーダーとしての人間の役割が重要になってくる。教育は、そのプロジェクトリーダーになれるための教育に変わっていくべきだろう。
また、大学のあり方も変わる可能性がある。オンライン講座で何千人もの学生に教えられるようになってきているが、それでも物理的な大学のキャンパスに行き、実際の教授に会う価値はあるのか?茂木氏は「人間は人間にしか興味がない」と指摘する。生身の人間がいるということの感動や魅力、吸引力は、オンラインでは代替できない価値があるのだ。

Q. 「正しい立場」よりも「弱い立場」を選ぶべき?
茂木氏は、英語でよく使われる"on the right side of history"(歴史の正しい側にいる)という表現に違和感を持っているという。代わりに「ウィークサイド・オブ・ザ・ヒストリー」(歴史の弱い側)という考え方を提案する。
例えば、トランプ氏やイーロン・マスク氏のような「強い」立場の人たちがやりたい放題している現状に対して、「弱い」立場にいることを選ぶというアプローチだ。これは村上春樹氏の「卵と壁」のスピーチを思い起こさせる。壁側ではなく卵の側にいるという選択だ。
竹下氏も「コメディや文学はウィークサイドになっていくべき」と同意する。スタンドアップコメディなどでも、マイノリティの立場から自分自身を表現していく姿勢が重要になってくる。
日本の笑いについても茂木氏は「日本の笑い全体がウィークサイド・オブ・ヒストリーなのかもしれない」と指摘する。欧米のコメディがビジネスや政治など「強い」領域と結びつくのに対し、日本の笑いは一般の人々のリラックスした時間と結びついている。

Q. AIと国家の関係はどう変わっていくのでしょうか?
茂木氏はAIと国家の関係について、「AIの本丸は国家だと思う」と語る。AI技術の発展に伴い、広い意味での計画経済・統制経済が射程に入ってくる。例えば物流の最適化やスマートグリッドなど、社会全体のシステムがAIによって制御される可能性がある。
そうなると、個人と国家の関係、民間と国家の関係、自由な経済競争の意味などを根本から見直す必要が出てくる。民主主義の形自体もAIによって変わる可能性もある。
竹下氏は「AIによって国家が全体最適化を進める中で、個人の自由をどう担保するか」という問題を提起する。例えば、AIが「あなたに最適なキャリアはこれだ」と指示する社会で、どう自分の意思を貫くかが課題になるだろう。さらに結婚相手や子供、寿命までもAIが最適化して決めようとする世界が来るかもしれない。
この問題に対して茂木氏は「個人の自由を確保すべき」と考えるが、システム側がそれを許さない方向に進んでいるのではないかと懸念している。
Q. メディアの未来はどうなるのでしょうか?
テレビや従来のメディアの権威は、まだ一定程度保たれているが、その価値は徐々に変化している。竹下氏は「力道山の記憶がどこまで通じるかの問題」だと指摘する。過去のテレビの記憶を持った世代が生きている間はテレビの価値が保たれるが、その記憶が失われていくと価値も変わっていく。
若い世代はオリンピックのような国民的イベントにもあまり関心を示さない。茂木氏は「事件」を仕掛けることがテレビの可能性だと考えているが、竹下氏は「新しい技術要素が出てきた時に事件は起こる」と指摘する。
AIとメディアの関係では、AIをデータの収集、整理、配信の3つの機能に分けて考えることができる。特に配信の部分でAIの活用が期待される。例えば、対談を複数の言語に翻訳して世界中に配信するなど、言語の壁を超えた情報発信が可能になる。
しかし、ただ翻訳して配信するだけでは不十分で、その国の視聴者に合わせた「枕」(導入部分)を用意する必要がある。AIがその国のネット空間を分析して、最適な導入を考えてくれれば、グローバルなコミュニケーションがよりスムーズになるだろう。
私たちはAI時代という未知の領域に足を踏み入れつつある。テクノロジーの進化に翻弄されるのではなく、人間としての価値を再認識し、「弱い立場」からでも自分らしく生きる道を探っていく必要があるだろう。