EXTREME SCIENCE
(153)
1.0万回視聴
2024年12月22日

今回のゲストは進化生態学者で東京大学准教授の土畑重人氏。アリ研究の最新知見が与える人間社会への示唆、そして昆虫研究の未来とは。 <ゲスト> 土畑重人|進化生態学者 東京大学大学院総合文化研究科准教授。東京大学大学院で博士号を取得後、琉球大学、京都大学などを経て現職。Dobata & Tsuji 2...
進化生態学の視点からアリの生態を研究し、数々の新知見を発見してきた土畑重人氏に、アリ社会の不思議と集団知能の可能性について聞いた。働かないアリの存在から、アリのコミュニケーション方法、さらには人工知能への応用まで、小さな生き物の中に秘められた大きな可能性が見えてくる。


アリの巣の中に「働かないアリ」がいることを発見した研究があります。これは遺伝的に働かない性質が決まっているアリで、いわゆる「チーター(ズルをする者)」と呼ばれています。このチーターは巣の中にいながら仕事をせず、卵だけをたくさん産むという特徴があります。
興味深いのは、この働かないアリが巣の中で増えてしまうと、巣全体の生産性が落ちてしまうという点です。理由は単純で、働き手がいなくなってしまうからです。チーターはフリーライダー(ただ乗り)として集団の中で利益を得ていますが、その数が増えすぎると社会システム全体が崩壊してしまうという公共財ジレンマが生じます。
アリの賢さは、特に情報共有の方法に表れています。彼らは地面にフェロモン(化学物質)を残すことで情報を伝達します。例えば、餌の場所を知らせるための「道しるべフェロモン」、危険を知らせる「警報フェロモン」など、数百種類のフェロモンを使い分けています。
さらに興味深いのは、これらのフェロモンは単独で機能するだけでなく、複数のフェロモンが組み合わさることで、より複雑なメッセージを伝えることができます。この組み合わせの数は膨大で、人間の言語に匹敵するほどの複雑なコミュニケーションが可能になっています。
アリは体表面の炭化水素の組成によって、同じ巣の仲間かどうかを識別することもできます。この識別能力により、彼らは社会的なまとまりを保っているのです。

アリには自由意思があると考えられます。彼らは単にフェロモンに反応するだけの存在ではなく、状況に応じて異なる判断をすることができます。例えば、フェロモンが示す方向と自分の記憶が異なる場合、記憶を優先して行動することがあります。これは批判的思考ともいえる能力です。
また、アリには個体差もあり、性格(パーソナリティ)の違いも観察されています。チャレンジングなアリや臆病なアリなど、同じ種でも行動パターンに違いがあるのです。このような個性の多様性が、集団としての適応力を高めていると考えられます。
感情については定義が難しいところですが、行動から観察すると、アリにも感情のような状態があるように見えます。例えば、危険を感じた時の逃避行動や、仲間が助けを求めた時に助ける行動などは、何らかの内部状態の変化を示唆しています。

アリには教育的な行動が観察されています。例えば、新しい餌場や巣の場所を教える時、知識を持つアリが知識のないアリと二列になって歩きます。この時、前を行くアリは後ろのアリが遅れていると速度を緩め、ついてきたらまた速く進むといった調整を行います。
この行動は、師匠と弟子の関係に似ており、師匠が弟子の反応を見ながら教え方を調整し、弟子が新たな情報を獲得するという教育の定義に当てはまります。一度その場所に連れて行けば、次からはその個体が自分で行けるようになります。
また、アリには助け合いの行動も見られます。例えば、危険な状況(アリ地獄など)に陥った仲間がいると、それを感知して助けに行くことがあります。
アリの集団行動の仕組みは、群れロボット(スウォームロボット)の開発に応用されています。例えば、アリがフェロモンを使って情報を共有する仕組みを模倣し、ロボットがアルコールを床に撒いて他のロボットがそれを感知して追従するシステムが研究されています。
群れロボットの利点は、一台が故障しても全体のパフォーマンスが維持できる冗長性にあります。例えば、原子力発電所内のような危険な場所で作業する場合、高性能な一台のロボットが故障すると任務が失敗しますが、複数の比較的単純なロボットが協力すれば、一台が故障しても残りで作業を継続できます。
さらに興味深いのは、すべてのロボットが同じ行動をするのではなく、一部が「規則から外れた行動」をすることで、新しい発見や効率的な解決策を見つけ出せる可能性があるという点です。この「探索と利用のバランス」は、アリの社会でも見られる特徴です。
アリの研究を通じて見えてくる興味深い謎の一つは、進化の過程で「未経験の問題を解決する能力」がどのように獲得されるかという点です。例えば、アリのフェロモンを使った経路探索システムは、コンピュータサイエンスでの「アントコロニー最適化」というアルゴリズムの基礎となっています。
このアルゴリズムは「巡回セールスマン問題」などの複雑な最適化問題を解くのに有効ですが、アリ自身はそのような問題を解いたことがありません。つまり、進化の過程で獲得した能力が、進化の中で経験したことのない問題を解決できるのです。
これはクマムシが宇宙空間でも生存できることや、人間が音楽や芸術を創造できることにも通じる現象です。生物がどのようにして「想定外の環境や課題」に対応できる能力を進化させるのかという問いは、進化生物学の重要な謎の一つなのです。