
2022/09/11
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僕の名前の由来は芥川龍之介です。名前をつけたのは文学好きの父親。
父の文学好きは、私設図書館を開設するほど本が好きだった祖父の影響だと思います。祖父の家はものすごく山奥にあったので、本を読むには自分で買い集めるしかなかったのでしょう。
子供の頃に僕が住んでいた島根の家も、田舎の小さな家でしたが、本棚にズラーッと本が並んでいました。
ただ僕は、幼少の頃から読書家だったわけではまったくありません。本は読んでいましたが、ごく普通の児童文学です。読書量も「本を読まない子ではない」という程度でした。

歴史の本を読むようになったのは20歳の頃です。父の本棚にあった孔子、孟子、老子といった中国古典の本の合理性に感銘を受けてからでした。
僕は一人っ子で、とにかく両親から愛されて育ちました。「あれをやれ」「これをしろ」と言いつけられることも一切なく、自分がしたいことは自分で全部決めていた。
両親なりに子供のしつけはしていたはずですが、僕の自意識としてはとにかく自由な感覚でした。
そのため妻と結婚してからは、妻が両親の意見を素直に聞いているのを見て「信じられない」と感じました。その後も「親って意見を聞く対象なの?」という感覚をずっと持っています。

同じ疑問は後に「学校の先生」「会社の上司」にも感じるようになり、新卒で入社した半導体メーカーではその結果として壮大にバグることになりました(後ほど詳しく説明します)。
父親はもともとスーツの訪問販売をしていましたが、その後タクシードライバーになり、僕が高校生の頃からは“木こり”になりました。いわゆる森林組合の仕事ですね。母親はイオンでパートをしていました。
住んでいたのは島根県で、起業家が生まれそうな家庭ではまったくありません。実際に周囲に起業家なんて一人もいませんでした。

森林組合の仕事も、イオンのパートも、給料は決して高くありません。中学・高校の頃は、ご飯を食べていくのもギリギリでした。「そこそこのレベルで貧困」という、ごくありふれた田舎の家庭だったと思います。
小さい頃に夢見ていた仕事は大工でした。図画工作の授業が大好きで、ものを作ることや絵を描くこと、木工などが大好きでした。今もものづくりが大好きなのは変わっていません。
一方で勉強は特に頑張っていたわけでもなく、テストの点は「普通か普通より少しできる程度」でした。
ただ中学2年生の頃に、「僕の家にはお金がないし、自分がしっかり勉強をしてちゃんとした仕事に就かないと、一家全員が食べていけなくなる」という危機感から勉強をするようになりました。
そのときに始めた勉強法は、今も自分の働き方の核になっているものです。

*本連載は2話ずつ毎日公開します。明日の第13話に続く。