
2022/08/12
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僕はいわゆる職人系・個人商店系の家に育ちました。父親は大工、親戚も鮮肉店やラーメン店など「〜〜屋さん」と名のつく商売で生計を立てているおじさんおばさんばかりでした。
自然、「俺も大工になるのだ」と信じ込んでいたのですが、高校3年になって父から「お前は大工に向いていない」と言い放たれ、突然、大学に進むことに。勉強もろくにしていなかったので、偏差値50でも入れる大学に滑り込みましたが、進路の目標はさっぱり。
身近に「サラリーマン」がいなかったので会社や会社員という実態がよく分からなかったんですね。就職活動でいくつかの企業説明会を回ったものの、ピンとこないし、説明している40〜50代の部長さんたちの顔もあまり楽しそうに見えませんでした。
その中で、「若くても能力が高ければどんどん抜てきする」という方針で業績を伸ばしていた会社の一つが、英会語学習事業で急成長していたNOVA。成り上がりという“ゲーム”に乗るのは面白そうだと入社しました。

仕事は、「駅前留学」の外国人講師をマネジメントしながら、顧客獲得する営業職。入ってみると、営業は向いていたようですぐに結果は出ました。入社3カ月で1000人中3位にまで昇り詰め、翌年にはマネージャーランキングでも全国260校中1位を獲ることができました。
実績を評価されて、新規拠点開発担当として、単身東北へ。英会話を学ぼうと来校するお客様との会話を通して世の中には本当に多くの「仕事」があり、自分がいかに世の中を知らないかを自覚しました。
当時の僕は漠然と「20代のうちに社長になりたい」という目標だけはあり、社長になるからには会社を潰さないための経営知識を備える必要があると、スイッチが入りました。
働きながら経営を学ぶ方法を探していたときに、ふと目に留まった雑誌広告が僕の運命の導き手となりました。
その雑誌とは、仕事帰りにコンビニに寄って買っていた雑誌『BIG tomorrow』。愛読していた北方謙三と落合信彦の連載コラムページの一角にある「国家資格・中小企業診断士の勉強をしませんか?」という文言が飛び込んできました。
今思えばとんだ勘違いなのですが、「中小企業診断士の資格を取ると、経営コンサルタントになることができる。当然、経営する力も身に付くくだろう」と思い込んだ22歳の僕は、東京に戻るやすぐに資格スクール「日本マンパワー」のクラスに申し込んだのです。
周りは有名企業の役職付きの人ばかり。初日にスクールの講師から「年間1000時間勉強したとしても、ストレート合格率はわずか4%」と聞き、「自分よりはるかに優秀な人たちと戦うのだから、死ぬ気で勉強しないとダメなのだ」と武者震いしたのを覚えています。
努力のかいあり、結果的に2年後に合格することができたのですが、資格の取得以上に、資格の勉強を通じて「マーケティングの面白さ」に目覚めたことも、僕の生涯に影響する大きな収穫となりました。
当時読んだ本の中で、特に思い入れのある1冊を挙げるとすれば、マーケティング研究の第一人者、和田充夫先生・恩藏直人先生・三浦俊彦先生による『マーケティング戦略』(有斐閣)です。

市場の選択、分析など、マーケティングの基礎を網羅し、体系的に学べるスタンダード・テキストとして版を重ねる専門書。経営学部出身の方の多くはなじみがあるのではないでしょうか。真面目な教科書なのですが、ワクワクしながらどんどん読み進めました。
マーケティングについて学べる良書はいくつもありますが、これ1冊を読めば、知識の点と点がつながって線になり、販売促進に関わるすべての事象を連結して思考でき、「腹落ち」ができました。街の風景がまるで違って見えるようになり、僕はマーケティングの奥深さに魅了されていきました。

例えば、中小企業診断士の当時の試験科目にもなっていた「店舗施設管理」。店舗の看板やファサード(外観)、棚割りや照明の配置などを緻密に設計することで、人の動線を設計するアプローチです。
そのほか、仕入れ管理や価格設定、メディアリレーションなど、世の中に溢れるあらゆる商売のすべてには、それがその形として存在する理由があり、誰かが考えた戦略がある。
しかも、その戦略の正解は一つではなく、さまざまな方程式やルール、メカニズムの組み合わせによって、多様な解が生まれる。問いも自由で、答えも自由。仮説次第でなんでもあり。新しいチャレンジができる「自由×自由の面白さ」をビンビン感じながら、僕はのめり込んでいきました。
学びの場で得られたのは知識だけでなく、出会いです。人との出会いが、生き方の軸となる本との出会いにもつながりました。
クラスの中で一番若かった僕は“年上の同級生”の皆さんにかわいがってもらいました。上昇志向・成長志向・達成志向の塊のような、ギラギラと乾いている人たちの話は、狭い世界にいた僕にとって刺激だらけでした。

中でも、当時「内田洋行」のトップセールスマンだった3つ上のTさんは、飲みに行くたびに「お前、将来どうなりたいの?」と問いかけ、僕の臆病な魂を揺さぶってくれました。
「このまま社内恋愛の彼女と結婚資金を貯めて、個人商店の店主くらいになれたらいいかな」と安住しかけていた僕を書店に連れ出し、「これとこれを読め!」と棚から引っ張り出した数冊の本。
独自の国際感覚で精力的に執筆していたジャーナリスト・落合信彦さんのエッセイでした。今の30代以下の世代には、研究者の落合陽一さんの父と言ったほうがピンとくるかもしれませんね。

『命の使い方』『成り上がりの時代』『狼たちへの伝言』(すべて小学館)など、当時出ていたタイトルは一通り読みました。もともとファンでしたが、あらためてその著作を読むと、過激な筆致の中に溢れる熱いメッセージに胸を打たれました。
「限られた人生、与えられた命を使い切れ!」「将来が不安だからとコツコツ貯金するような奴は“去勢された豚”だ」「投資せよ。最も利回りのいい投資先は、不動産でも株でもない。自分自身だ」といった言葉に、目が覚める思いがしました。
リスクをとって挑戦する人生はカッコいい――。社会人としてのスタートを切って間もない時期に、このマインドを吸収できたことは、僕のその後のキャリアの選択に強く影響したと思います。その12年後の2007年に決断した「起業」にもつながる起点の一つとなりました。
大工という職人になり損ねた僕は何者かになりたかった。新たな“手に職”を築く道具を探し出そうと、奮い立つことができました。
※第3話に続く