
2022年8月11日
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「じゃ、乗ってください」
前田農産の4代目、前田茂雄にそう言われて、僕は自分の身長(172センチ)よりも高い位置にあるコンバインの助手席によじ登った。

120ヘクタールの農地を有している前田農産は、そのうちの80ヘクタールで小麦を作っている。日本の生産者の平均耕地面積は3.2ヘクタール、土地が広い北海道でも30.8ヘクタール(農林水産省データ/2021年)だから、前田農産は日本でも有数の大規模生産者だ。
取材に行った4月某日、前田は巨大なトラクターで小麦の種蒔きをしていた。そこに同乗させてもらう形で取材がスタートした。トラクターにはカーナビのようなシステムが搭載されていて、前田がハンドルを握るのは、広大な農場の端に着いて方向転換をする時だけ。「5センチもずれがない」というRTK(リアルタイムキネマティック)位置測定システムに導かれて、コンバインが自動運転しているのだ。

「このシステムは高額で、300万円ぐらいかな。うちのは前進する時に誘導してくれるんだけど、さらに追加オプションの最新システムだったら方向転換やバックも自動にできますよ」
モニターでは、トラクターが走行したところが黄色に色付けされてゆく。農場をフルに活用するためには、なるべくムダなく種を植えなくてはならない。目印のない農場で人間がトラクターを操縦するとどうしても隙間ができてしまうし、そうしないために一瞬も気が抜けないという。この自動操縦システムによって、人間より高精度で農場にくまなく種を蒔くことができるのだ。

「このGPSガイダンスがなかったら、喋りながら運転するのは無理です。本当に正確だし、農家にとっては革新的で十勝では今、かなりの農業者が導入しています」
前田の話を聞いて、「誰でも種蒔きができるようになったということですか?」と聞くと、「そう、誰でもできる」とうなずいた後、言葉を続けた。
「でもね、楽になることで収量が増えるわけじゃない。誰でもできるからこそ、農家のオーナーは別の視点で物事を考えないといけない時代に差し掛かったんじゃないかな。そうしないと、テクノロジーが進化することでどんどん誰でもできる農業になっちゃうから」

前田は1974年、北海道の十勝地方にある本別町で生まれた。東京農業大学を出た後、「農業は機械化して大規模になっていく。農業機械も輸入した海外のものが増えるから、英語ができたほうがいい」とアメリカに留学。テキサスA&M州立大学、アイオワ州立大学で各1年学び、1999年に前田農産に入社した。同社は1899年、前田の曽祖父、前田金四郎が十勝に入植し、原野を切り拓いて農業を始めたのが原点だ。
4代目の前田が「誰でもできる農業」ではなく、「自分らしい農業」について考えるようになったきっかけは2009年、35歳の時だった。当時、日本では関税撤廃、削減などによる自由貿易を掲げた環太平洋パートナーシップ(TPP)への加入について議論が紛糾しており、海外の安い農産物がなだれ込んでくることに危機感を抱いたJA(農業協同組合)はTPPへの加入に反対していた。
その頃、前田農産は小麦を全量JAに卸しており、前田も農協の青年部部長として「TPP反対」の立場だった。しかし、神奈川県の藤が丘にあったパン屋「パン・ド・コナ」(現在は移転)のオーナー、高橋誠一さんと出会った時に自分が作った小麦を持参したことから、国産小麦の可能性に目覚めていく。
「久しぶりに国産の小麦に触ったけどすごくおいしくなったね、どこで買えるの?って言ってくれたんですよ。僕はうちの小麦を自分でパンにしたことがなくて、味のことはよく分かってなかったから、え、買ってくれるんですか?って驚きました。でも、自分では流通できないから製粉会社で勉強させてもらおうと」
この後、前田に次々と都内のパン屋を紹介したのは、小麦の出荷先である江別製粉で営業部長をしていた佐久間良博氏(現在は退職し、北海道産小麦アドバイザー)。北海道産小麦の魅力を伝えるために全国を行脚し、「小麦の伝道師」といわれた人物だ。前田いわく「金魚のフン」のように佐久間氏の後をついて回り、パン屋巡りをしているうちに、目からウロコの気づきを得る。
「パン屋にはクロワッサン、食パン、総菜パンとかいろいろなパンがあるじゃないですか。話を聞いたら、パンの種類によって小麦粉をわざわざ変えているというんです。品質が違うから。そんなことをパン屋が大事にしているなんてぜんぜん知らなかったんですよね」
前田は考えた。自分が多品種の小麦を作り、それぞれの個性に合うパンを作ってもらったらどうだろう? それができたら「前田農産の小麦」が選ばれる理由になるし、経営上、リスクを分散することにもつながる――。
※第16話に続く