
2022/07/18
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7月7日に41歳になりました。生まれは東京江東区。父母と妹の4人家族で育ちました。
両親ともに高卒で大学に行ってなかったので、教育熱心さは皆無でしたね(笑)。「勉強しろ」とは全く言われなかった。あまり構われず、好き放題させてくれたことに感謝しています。
父は銀行員で帰りは毎日遅かった。当時は仕事が忙しいんだなあと思っていましたが、後から聞いたら結構毎日麻雀していたそうです。
そんなわけで父は平日夜はあまりいなかったんですが、日曜日は家にいました。
小学生の頃の父との思い出といえば、日曜に家族そろって夕飯を食べて、NHK大河ドラマの『独眼竜政宗』(1987年1月~)を一緒に見ていたこと。ジェームス三木脚本で面白く、渡辺謙の演技がカッコよくて。それを父がほんとに楽しそうに見ていました。

その姿に影響されて、僕は歴史にはまり、歴史にはまると、勉強が得意な気分になるじゃないですか。そうすると他の科目も自然と勉強するようになりました。
両親は一度も「勉強しろ」とは言わなかったのですが、僕は自ら頼んで中学受験をしています。なぜかというと、うちの学区の中学校が、当時『ニュースステーション』で特集されるくらいヤバいところで、男子に坊主頭、女子におかっぱを規則で強制する学校だったんです。それが人権侵害だとニュースになっていた。
子供だったから人権侵害とは思わなかったですけど、とにかく坊主になるのはイヤで。学区の中学校に行きたくなくて、うちの小学校の生徒は半分くらい中学受験していたんです。

坊主がイヤすぎて塾にも通いました。子供って、塾に行ったら行ったで友達もいるから楽しいものです。一緒に切磋琢磨して、攻玉社という中高一貫の男子校に運良く引っかかりました。
ちなみに、坊主がイヤで毎年大量の生徒が中学受験するので、その学区の中学校は翌年、坊主とおかっぱを廃止しました。もう平成だったのに坊主強制ってなかなかですよね(笑)。たぶん都内で最後まで残っていた、坊主とおかっぱ学校だったんじゃないですか。
僕が行った中学は進学校で成績優秀な子が大勢いたので、自分も勉強に目覚めました。成績は、まぁ、良かったですね(笑)。中2からずっと学年1位でした。僕は試験対策がうまいんです。
中学・高校時代は生物部と地理研究会に入っていました。陰キャですよね。
とはいえ、貧乏性でバドミントン部とストリート・バスケット部にも入っていました。全曜日部活入れてました。タダでいろいろできるんだから、いろいろやんなきゃ損だなと思いましたね。
多方面にいろんなことをやりたい。このセコさは、その後もずっと続いてます。

*明日に続く。