
培養肉と私たちのこれから
構成/田嶋嶺子 撮影/武田 雲
2040年に73兆円まで成長する培養肉
ここまで培養肉やそのルールについてお話ししてきたが、いよいよ最後になる。
繰り返しになるが、培養肉の需要はこれから確実に伸びていくだろう。この第10話では、培養肉のこれからと、私たちの世代ができることについて解説してこのシリーズの締めとしたい。
A.T.カーニーの予測によると、世界での従来のタイプの肉の市場は2025年に125兆円になる予定だ。しかし、この数字は2040年には84兆円まで減る。人口は増え、食肉市場全体が成長する見込みだが、気候変動等を背景に供給が追いつかないためと考えている。
このギャップを埋めると予想されているのが、培養肉と植物性代替肉である。現在ほぼゼロに等しい培養肉の市場は、2040年に73兆円まで成長する予定だ。

事業者レベルでは、もっと詳しく見ることができる。
現在、消費者が実際に購入することができるのはシンガポールのイート・ジャスト社のみだ。しかし、多くの企業がここから2〜3年の間に一般市場での販売を見据えたスケジュールを発表している。
日本企業も、インテグリカルチャーが培養フォアグラを2022年に上場する予定だ。その3年後の2025年には高い技術力を必要とする「ステーキ肉」の生産技術確立を日清ホールディングスが目指す。
細胞農業食品は未来の食べ物、と思う人も多いかもしれないが、実はその未来はもうすぐそこまで迫っている。
これから大きく飛躍する細胞農業産業を、暖かく見守り応援してくれる方が増えたらとてもうれしい。
現役世代はサステナブル意識が必須
新興産業であること、ビジネスチャンスになり得ること、それ以外にも培養肉に興味を持っていただきたい理由がある。
新しい世代の価値観や、新しい技術の可能性について、私たち現役世代が「キャッチアップ」する柔軟な態度がますます求められていくからだ。
日本ではまだ実感しにくいかもしれないが、グローバル社会では無視できない勢いでサステナビリティに関する意識が広まっている。
そういった価値観のアップデートを怠っていることで、ビジネスの場でも、国際社会から非難を受けることも考えられる。例えば、大事な会食の場で、フカヒレが提供されたらどうだろう。
近年フカヒレの原材料となるアオザメは絶滅が危惧されており、本場とされる中国でも消費を控える動きがある。
アメリカ人口の3分の1がフレキシタリアン、という数字にも出ているように、世界では食領域においても「サステナビリティ」を重視する人々が年々増えている。
フカヒレを食べる文化には歴史があるし、さまざまな考えはある。とはいえ、今後は「無自覚」に、こうした食べ物を出すわけにはいかなくなる。
生物の多様性やアニマルウェルフェア、環境負荷、人権といった新しい要素に対して、いつまでも無視することはできないのである。食べ物にもメッセージ性が込められることになるし、少なくともビジネスパーソンは自分たちで説明ができるようにしないといけない。
サステナビリティには興味がないという人もいるかもしれないが、これから先に経済をけん引する世代は自分と違う感覚を持つということを、念頭に持つといいのではないか。
私がお金を得るわけでもないにもかかわらず培養肉のルール形成に関わっているのは、自分の自信のよりどころを、自分の所属している団体ではなく、自分が自己実現に向かって不器用ながらも行動を起こしていることに置きたいからだ。
つまり自分が自分を根拠なく好きでいられるために行っている。そして、生きているからには、何らかの貢献を日本に対して行いたい。
いま特に生活に不自由なく過ごしている人は、あるいは「自分の力なんて小さい」と思っている人は、もしかすると、社会はすでに発展しきっていて、自分が貢献できるところはないと思っているかもしれない。
しかし、実際にはそうではない。私がブロックチェーンに関わっていた時もそうだったが、培養肉についても、業界の第一人者と呼ばれる人たちに会いに行った。
私の場合は、ブロックチェーン業界にいた経験からルールメイキングに興味を持った。勉強のために読んだのが、現在所属する多摩大学ルール形成戦略研究所の教授陣が書いた本だった。そこでこの研究所の門を叩いた。
そういう「第一人者」の方たちの声を聞く意義は、彼らが業界の限界が見えていて、手が足りていない部分に詳しいからだ。そこで「自分に何が手伝えるか」と聞くと、きっと何かの課題を伝えてくれる。その課題を一つ一つこなしていくうちに、一歩一歩進むことができた。
私は、自分から培養肉に関するイベントを企画したり、SNSでその業界のニュースを発信したりすることで、同じ問題意識を持つ人と出会う機会が増えた。
そうして、自分と異なる背景かつ同じ領域に関心を持つさまざまな人と議論をする中で、自分の考えや関わり方がブラッシュアップされ、やるべきことが見えてきた。
できることを見つけてもしばらくはタダ働きの形かもしれないが、経験上、動きながらのほうが知識は定着しやすく仮説検証もしやすい(ただし、特に若い人は搾取されないように注意が必要だ!)。
この連載の冒頭の第1話で、私は次のようなことを書いた。
今まで世界に対して「高品質な肉とは何か」を示してきた日本。
新しい「肉」の分野でリーダーシップをとらなくてどうするのか。日本が食のブランドや既存の畜産業との協調に関する国際ルールのベースを作るなら今しかないのだ。
私たちは無力ではない。できることはまだまだたくさんある。この連載に対してのご意見、そして「自分だったらこういうことができます!」という方がいればぜひ連絡をしてほしい。培養肉で「美食の国」日本が世界を驚かせる旅路は始まったばかりなのだ。