
2022年2月21日
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皆さんは「培養肉」という言葉を聞いたことはあるだろうか?
動物の細胞を培養して作られた肉のことだ。「人工的な肉」と言う人もいる。
私たちの食卓に並ぶ日も、そう遠くないだろう。
2013年にはオランダの研究チームが「培養肉」のハンバーガーを作った。
日本でも、日清食品グループが2017年から東京大学と「培養ステーキ肉」の共同研究を始めている。
私の母親の出身地のイスラエルでは、培養鶏肉・豚肉・ラム肉生産のための工場が完成した。
シンガポールではすでに一般の人々が培養肉を食べることができる。一皿約2000円で高級ホテルのレストランにて提供されている。デリバリーサービスでも楽しまれている。

たくさんの動物を育てて肉を生産するのではなく、肉の細胞を増やして“収穫”する――。こうした培養肉に対して、なぜ関心が高まっているのか?
理由はさまざまだ。
「次世代の肉」を世界各国が作ることで、将来的に100億人近くになる世界人口の食糧問題を解決できるかもしれない、という期待がある。
環境負荷の観点で牛肉の消費を抑えていた人も、「培養肉でなら、すき焼きを食べたい」と思う可能性もある。
絶滅が心配されている種類のマグロやウナギも「培養シーフード」として、後世に残すことも考えられよう。
細胞農業には、広大な牧草地は必要ない。「冷蔵庫1つ分」のスペースで、2週間で100羽分の鶏肉細胞を生産できるとされる。

生産スピードも大きく変わる。今の畜産では、14〜22カ月かけて牛1頭を育てる。
一方、同量の牛肉細胞の生産は1カ月あれば可能だと発表する企業もある。東京の都心の部屋の一角で、おいしい肉をたくさん、スピーディに作ることも原則可能だ。
A.T.カーニーの試算によると、2040年には、世界の食肉市場の6割が「培養肉」と「植物性代替肉(大豆ミートなど)」になり、市場規模は70兆円規模になる。明らかな成長産業だ。
スタートアップを中心にプレーヤーも増えてきた。
培養肉を扱う事業会社は、世界に2020年時点で70社以上と言われる。20年では細胞農業企業の1回の調達での最高額は、培養肉会社Memphis Meats(現UPSIDE Foods)社の約186億円(1.61億ドル)と言われたが、21年ではその額の2倍の金額をイスラエルの培養チキン事業会社Future Meat社が調達した。

ところで、なぜ細胞農業は日本にとって重要なテーマなのか。最初にはっきりお伝えしたい。
日本は、和牛など世界的に評価されるさまざまな食材のブランドを抱える「美食の国」だ。グローバルで刻々と成長する細胞農業産業の存在は、巨大なリスクであるとともにチャンスになり得る。
想定されるリスクとは、日本の畜産業界に利益が還元される仕組みや、和牛細胞および「和牛培養肉」という名前を保護する仕組みがないまま、生きた(培養可能な)和牛細胞が国内外に流通し、海外で「和牛培養肉」が売られはじめてしまうことなどだ。
一方のチャンスとは、日本の高品質な肉の細胞を使った培養肉が魅力的に映る市場をグローバルで形成し、細胞の「知財」が適切に保護された状態で世界的に流通し、利益が畜産業界含む日本経済に還元される仕組みを主導的に作れる可能性があるということだ。
細胞農業を承認する国は世界で1国のみであり、業界のルールについては議論が世界中で活発に行われている。
細胞農業のルール作りについて前向きに議論している米国やシンガポールに勝るとも劣らず、日本には世界の食領域に対してブランドや発言力がある。
一方、日本と同様に食のブランドを多く抱える欧州が、細胞農業に対して現在、比較的議論が遅れていると感じている。
今まで世界に対して「高品質な肉とは何か」を示してきた日本。
新しい「肉」の分野でリーダーシップをとらなくてどうするのか。
日本が食のブランドや既存の畜産業との協調に関する国際ルールのベースを作るなら今しかないのだ。

既存の食、特に畜産業に携わる方々の中には、植物性代替肉や培養肉の存在に対し複雑な心境の方もいらっしゃるかもしれない。
特に、肉の環境負荷の問題等は耳が痛い話題である。
牛から出るげっぷは、地球温暖化を進めているとされ、大量に牛を育てれば、その分、多くの水や飼料を使う。
そのため、最近になって急に肉の『代替』として紹介される植物性代替肉や培養肉を、数千年続く畜産の歴史を否定するものとして見ている方もいるかもしれない。
日々取引をしている顧客やその先の消費者、自分や家族の日頃の食生活を想像し、培養肉は我々の選択肢ではないと確信する方もいるだろう。
しかし、培養肉に関してそういった感覚を持っている方に、一緒に考えてほしいことがある。
培養肉をはじめとする細胞農業業界は、植物性代替肉と異なり、その成長に畜産業界との継続的な協力関係を必要とする分野だ。
また、「培養肉はちょっと抵抗がある。自発的に食べたくない」と思ったとしても、子供やその先の世代はどうだろうか。気候変動をはじめ環境問題に課題を持つ人が一段と増えていく世界で生きる新しい世代の感覚は、現時点で我々が持っているそれと大きく異なる可能性がある。
現在の畜産形態に対し、環境負荷の面で課題意識を持っている私たちの先の未来の世代にも、日本の「おいしい肉」を食べてほしい。
培養肉はシンガポールで販売承認事例があり、業界への投資額も指数関数的に増加、大量生産用の工場建設を完了した企業もある。
2022年や2023年には販売開始を予定と発表する培養肉・魚の企業は、私の知る限り十指に余る。
日本からも、「美食」を武器に世界的な企業が生まれるかもしれない。
ぜひ一緒に、この産業についてみなさんと学びたい。日本としていかに対処するべきか、みなさんのご意見も聞きたい。そんな思いで連載を進めていきます。