
アンパンマンが示す、日本コンテンツの強み
なぜ日本アニメは世界で愛されるのか?柳瀬博一が語る「アンパンマン」と日本コンテンツの強み
日本のアニメや漫画が世界市場で強い存在感を示している。その理由はどこにあるのか。「アンパンマン」の生みの親・やなせたかしの功績と、日本のキャラクタービジネスの特徴から、日本コンテンツの本質に迫る。東京科学大学教授の柳瀬博一が語る日本文化の強みとは。
Q. 編集者の役割とは何でしょうか?
優秀な編集者は、全くやったことのない人に新しい仕事をさせるのが仕事だ。書いていない人に作家になってもらったり、描いていない人に漫画を書いてもらったりする。
天才と呼ばれる人たちには共通点がある。彼らは聞いた話を何倍にも膨らませて返してくれる。1を聞いたら10返してくれるようなスピード感があり、声をかけたら「やります」と即答してくれる。そういう人たちは好かれる。説得するのが面倒だからだ。
おそらく天才と呼ばれる人たちも、かつては同じ経験をしてきたはずだ。誰かに声をかけられるのを待っていて、声がかかったら「やります」と答えていた。手塚治虫も連載を多く抱え、週に9本から15本ほど持っていたが、頼まれたら断らなかった。
Q. 自分の限界を決めることの危険性について教えてください
学生たちによく話すのだが、今は何でも調べられる時代だ。調べた方が確率論的に間違いが少なくなるのは確かだ。しかし、クリエイティブな仕事は間違いから生まれることもあり、調べすぎると行動が止まってしまう。

自分の今の器で向き不向きを決めてしまうと、今の自分より大きくなれない。偏差値の高い人ほど調べすぎる傾向がある。今は偏差値に関わらず、事前に「自分が向いていること」を調べようとする癖がある。
個人的にはそれは意味がないと思う。未来は誰にも分からないし、当人が何に向いているかも試してみないと分からない。
やりたいことがあるなら、とにかくやってみるべきだ。分からなければネットで調べたり、AIの力を借りたりしながら自分でやってみることが重要だ。やった人にはチャンスが来るが、やっていない人にはチャンスそのものが来ない。
Q. やなせたかしのアンパンマン誕生と成功の秘話を教えてください
アンパンマンは1968年頃に誕生した。当初は大人向けのメルヘンとして、PHP雑誌に「12の真珠」という連載の中で登場した。この時のアンパンマンは中年のおじさんで、スーパーマンのアンチとして描かれていた。スーパーマンやバットマン、ドラキュラが登場し、アンパンマンはそれらのキャラクターにバカにされる存在だった。最後はミサイルに打ち落とされて行方不明になるという、かなりブラックな話だった。

1973年に雑誌「シトメルヘン」で再び登場したアンパンマンは、1人称が「俺」だった。同年、フレーベル館の幼稚園向け雑誌に子供向けのアンパンマンが登場し、ジャムおじさんも初めて登場した。
しかし当初は全く売れなかった。理由は「かっこ悪い」と大人たちが思ったからだ。親や幼稚園・保育園の先生が受け入れなければ、子供たちだけでは本は売れない。数年間全く動かなかったが、あるとき近所のカメラ屋から「うちの息子がアンパンマンが好きで、本がボロボロになっている」と聞いた。幼稚園では最も貸し出しが多く、ボロボロになっていたのがアンパンマンの絵本だったのだ。
子供たちは最初から面白さを認めていたが、大人たちがそれに気づくのに時間がかかった。やなせは売れない時代から現在に至るまで、キャラクターの本質を全く変えなかった。あの時アンパンマンをかっこよくしていたら、絶対に売れなかっただろう。
Q. やなせたかしの仕事に対する姿勢はどうだったのでしょうか?
やなせはアーティストというよりも、ニーズがあれば必ず応える人だった。来た仕事は基本的に断らず、自分で「安請け合いの名人」と言っていたほどだ。地方創生のキャラクターも200〜300作っているが、頼まれたら断らず、ほとんどノーギャラで引き受けていた。

一方で、自分の顔を立てたいところと、プロのデザイナーとして徹底的に仕事をするところは区別していた。アンパンマンに対しては強い思い入れがあり、テレビ化後もチェックし、映画のシナリオやキャラクター設定にも参加していた。イベントやパーティーも好きで、自ら歌を歌ったりもした。
アンパンマンと並ぶ大きな仕事は、日本に「メルヘン」というマーケットを作ったことだ。三陽商会の辻社長と共に「シトメルヘン」という雑誌を創刊した。やなせは自分の書くメルヘンが、プロの作家や出版社からは「子供だまし」と馬鹿にされていると感じながらも、大好きだから続けていた。辻社長がこれを「本当のアート」と評価し、本を作ったところ、売り場もないのに3万部、4万部と売れていった。
「シトメルヘン」は幅広い年齢層向けで、やなせは30年近く編集長を務めた。そこから多くの作家や漫画家、絵本作家が育ち、日本の少女漫画や作詞の世界に大きな影響を与えた。やなせは自分のやりたいことは曲げなかったが、主人公にはならず、裏方に徹した。
Q. 日本のアニメやキャラクターが世界で受け入れられている理由は何でしょうか?
アメリカのスーパーヒーローは古い。スーパーマンは1938年、バットマンは1939年の誕生で、多くのキャラクターは戦前や戦中に作られた。日本で言えば、「のらくろ」が現在も現役でマッチョなキャラクターとして戦っているようなものだ。
一方、日本の漫画は常に新しいキャラクターが生まれている。「少年ジャンプ」を例にとると、「鬼滅の刃」は2016年から2020年までの短期連載だったが大ヒットした。その後も「呪術廻戦」「チェンソーマン」「スパイファミリー」と次々に新しい作品が生まれている。
日本には「アニミズム」があり、あらゆるものに神を見る多神教的な感覚がある。AIにもすぐキャラクター設定をするのが日本人だ。一方、アメリカのヒーロー物語は一神教的で、強大な敵を倒す構造になっている。
日本の物語では、誰が味方で誰が敵かが簡単に入れ替わる。アンパンマンの世界でも、バイキンマンとドキンちゃんは敵役だが単純な悪役ではない。むしろ欲望を持ち、失敗しても諦めない「企業家」的な存在だ。映画では、ゲストキャラクターを助けるのが結果的にバイキンマンだったりする。
この構造は日本の漫画やアニメの特徴で、「タイムボカン」や「ポケモン」のロケット団も同様だ。一神教的な世界では生まれないキャラクター設定だ。
Q. 日本のコンテンツビジネスの今後と課題は何でしょうか?
世界のIPビジネスのランキングでは、1位がポケモン、2位がハローキティ、6位がアンパンマンと、日本のキャラクターが上位を占めている。これらは世界中に配信され、海外からの留学生も日本の漫画・アニメ・ゲームが好きで来日する人が多い。
今後も第二、第三のやなせたかしのような人材は出てくるだろう。大切なのは、そういう人たちが活躍できる場を作ることだ。

日本のクリエイターが抱える課題としては、報酬の問題がある。ハリウッドには俳優組合や脚本家組合があるが、日本にはフリーランスのための組合がない。漫画家やアニメーターの権利や就業条件、報酬を適正に上げていく仕組みが必要だ。
アメリカのNBAでは、30年前にはマイケル・ジョーダンだけが突出した報酬を得ていたが、今では平均的な選手でも当時のジョーダン並みの報酬を得ている。これは選手の価値が上がり、それに見合うマーケティングが行われ、市場全体が拡大したからだ。
日本のコンテンツ産業も同様に成長できる可能性がある。ソニーの売上12兆円のうち4兆円がゲーム関連であることからも、エンターテイメントやコンテンツが「おまけ」ではなくメイン産業になっていることがわかる。若者の憧れの仕事がコンテンツクリエイターになれば、日本の良さと世界が出会い、働く人も稼げる生態系ができるだろう。
