
徹底分析:ルイス・エンリケ
PSGの「総力戦」を率いたルイス・エンリケ監督とはどんな人物か
パリ・サンジェルマン(PSG)がクラブ初のチャンピオンズリーグ制覇を成し遂げた。監督のルイス・エンリケはスター選手の不在という条件下で、チーム全体を機能させる「総力戦」を展開。サッカージャーナリストの小澤一郎氏に、エンリケ監督の戦術と人間性について聞いた。

Q. パリ・サンジェルマンの優勝は、サッカーの進化においてどう位置づけられる?
ここ10〜20年は、世界的なスター選手を集めるという「選手の足し算」で勝てる方程式がありました。しかし今回のPSGは、監督がリーダーとなってチームをまとめ、11人で戦う古典的なチーム重視のスタイルを体現しました。
エンバペ、メッシ、ネイマールというスターたちがいなくなった後に初優勝を遂げたことは象徴的です。このようなエポックメイキング的な出来事は、サッカー史においても大きな転換点になるでしょう。PSGはもちろん経済力のあるクラブですが、お金の使い方が変わったということも重要です。
Q. チャンピオンズリーグ決勝戦で勝利した鍵はどこにあった?
決勝戦では、90分間通して休むことなく高強度のプレッシングを仕掛け続けました。通常、この規模の試合では慎重に入るものですが、PSGはフルスロットルで攻め続けました。

特に驚いたのは、ウスマヌ・デンベレを中心とした前線からのプレッシングです。これにより、インテルのゴールキーパー・ゾマーは息をつく暇もなくプレッシャーにさらされました。通常、ゴールキーパーは比較的ゆったりとボールを扱えるポジションですが、デンベレたちのプレッシングにより、それすら許されませんでした。
Q. デンベレはなぜこれほど変わることができた?
デンベレの変化は驚くべきものでした。エンリケ監督は彼をリーダーとして位置づけ、「君がプレッシングをかけることで、他の選手も動いてくれる」と説得したのでしょう。
エンリケは前シーズン、エンバペに対しても同様のアプローチをしていました。「バスケットボールのマイケル・ジョーダンでさえあれだけ守備をしていた。君がやらずに誰がやるんだ」と1対1の面談で説得していたことが、ドキュメンタリーで明らかになっています。

デンベレは元々バルセロナ時代からチャビ監督の下で変化し始めていましたが、エンリケの下でさらに飛躍的な成長を遂げました。特に守備面での献身ぶりは、バルセロナ時代には見られなかったものです。
Q. エンリケ監督の戦術的な革新性はどこにある?
システムが非常に可変的で流動的であることが特徴です。特に革新的だったのは、サイドバックの使い方です。ハキミやヌノ・メンデスといったサイドバックが、単にサイドを駆け上がってクロスを上げるだけでなく、最終的に得点を決める位置まで入り込む「偽サイドバック戦術」を確立しました。
従来の「偽サイドバック」がボランチの位置に入るものだったのに対し、エンリケはフォワードの位置にサイドバックを入れ込む戦術を使用しました。これにより、インテルはボールの取り所を作れず、対策を立てるのが困難でした。
Q. ルイス・エンリケはどんな監督なのか?
エンリケはスポルティング・ヒホンという育成に定評のあるクラブで育ち、ボールを扱うサッカーの基本を学びました。子供の頃は小柄で体が弱く、そのハンディを頭脳でカバーするスタイルを身につけました。
レアル・マドリードからバルセロナへの「禁断の移籍」を経験し、タフなメンタリティを鍛えました。監督としては、バルセロナBチームからスタートし、ペップ・グアルディオラとの交流もあり、バルセロナのDNAを継承しています。
ただし彼のスタイルは柔軟性があり、バルセロナ監督時代にはメッシ、スアレス、ネイマールの「MSN」を活かすため、テキ・タカ一辺倒ではなくカウンター攻撃も取り入れました。
Q. ローマやバルセロナでの経験はどうだった?
ローマではトッティやデ・ロッシといったレジェンド選手たちとの折り合いが難しく、1年で退任。バルセロナでも初年度はメッシとぶつかりました。スター選手の扱い方に苦労したようです。
エンリケは「チーム優先」を重視し、一人のスターを輝かせるために他の選手を「縁の下の力持ち」にするようなサッカーを本質的に好まない監督です。全員にハードワークを求め、特別扱いをしたくない。その姿勢がスター選手との軋轢を生むことがありました。
Q. フィジカル面へのこだわりは?
エンリケのフィジカルへのこだわりは並々ならぬものがあります。現役引退後、オーストラリアに移住してサーフィンをした後、マラソンに挑戦。3回目のフルマラソンで3時間を切る記録を達成しました。
その後、自転車ロードレース、トライアスロン、サハラマラソン、アイアンマンレースにも出場するなど、自己鍛錬の人です。自分の体を極限まで追い込んで鍛えてきたため、選手のコンディショニングに関する理解が非常に深いです。
彼が率いるチームは、シーズン終盤の3〜5月、特にCLの決勝に向かう時期にコンディションが上がる傾向があります。怪我も少なく、フィジカル理論をしっかり持った監督と言えるでしょう。
Q. 戦術家としての一面はどうか?
エンリケは非常に細かく戦術的なポジショニングや動き方を指示する監督です。練習では高台(やぐら)から選手を見下ろし、「ポジションを50cm右に」など細部にわたる指示を出します。トップレベルの選手からすると、そこまで細かく言われるのは嫌かもしれませんが、それを貫く姿勢があります。
技術面だけでなく、テクノロジー活用にも長けています。MacBookを愛用し、動画編集ソフトを使って自ら選手向けの分析映像を作成するなど、現代的な監督です。通常、そういった作業はアナリストに任せることが多いですが、エンリケは自らやり抜くストイックさを持っています。
Q. メディアとの関係はどうか?
メディアとの関係は良好とは言えません。嫌な質問が来ると露骨に不機嫌な表情をし、時には記者に厳しく返したり、質問をスルーしたりすることもあります。そのため、スペインのメディアでも「敵」が多く、足を引っ張るようなニュースが拡散されやすい傾向があります。
Q. 日本サッカーがエンリケから学べることは?
日本では近年、「戦術」や「戦術的」という言葉が増えてきましたが、エンリケのように細かく育成年代から指導していくことが重要です。ルイス・エンリケのチームは、「生き物」のような有機的な動きをします。これは単なる戦術やシステムを超えた領域で、日本もそういった細かい戦術論を詰めていくべきでしょう。

エンリケのような理論と実践経験を併せ持つ指導者が、日本代表を率いる機会があれば、日本選手は大きく伸びる可能性があります。また、PSGのような強豪クラブで日本人選手がプレーする機会が増えれば、日本サッカー全体の学びにもつながるでしょう。