2022/07/18
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私の新著『新世代のビジネスはスマホの中から生まれる』(世界文化社)では、これまでのSNSの変遷を振り返りながら、今、SNSマーケティングにとって、ショートムービーが重要な位置にいることを詳しく分析しました。
まず基本的な広告費の資料をみても、2021年では、広告媒体費総額の3割以上をソーシャル広告が占めており、さらにソーシャル広告の内訳をみると、動画共有系が34.2%(2020年は27.9%)と伸長しています。その動画共有の伸びを牽引するのが、短尺の動画です。
今、マーケティングに関わるあらゆる人が知るべき、中心的な存在がTikTokです。
2017年リリースから、歴史上最速で10億人ユーザーを突破したというスピード感もさることながら、基本的に15秒程度、長くても60秒以内が大半(3分まで投稿できるように機能拡張している)の動画が人々を魅了するという現象は、他のSNSにも広がっています。
ショートムービーが、なぜこれほど広がるのか。それを理解するうえで重要な、「シミュラークル」というキーワードについて詳しく説明します。
シミュラークルとは、語源としては模倣、コピー、模造などの意味があります。思想家のジャン・ボードリヤールが高度消費社会のあり方を示すうえで唱えた概念でもあり、私はここ数年情報行動のキーワードとして注目しています。私がこの言葉を使う際には、定義があります。
それは、「誰が始めたのか分からないが、みんなが憧れを抱いて真似をし始めてしまうようなビジュアルのイメージ(写真や動画ほか)」です。オリジナルがどこにあるのか分からないけれども、コピーのようなものが広まり、それが逆に本物性を帯びてきます。
「SNSでバズる」という現象には、模倣的に広がるという性質が欠かせません。そして、誰が始めたかが問題にならずにみんなが真似をするというところに本質があります。
それを脱中心性ということもできるでしょう。インターネット研究の文脈ではよく出てくるキーワードです。
流行りの中心にはマスメディアやインフルエンサーなどがいて、それに影響される人がたくさんいるから広まると思いがちですが、インターネット上の流行りはそうではありません。
マスメディア型やインフルエンサー型の情報拡散は、シミュラークル型と影響し合いながら情報が流通していきます。
SNSにおけるシミュラークルに気づいたのは、インスタグラムのリサーチをしていた2016~2017年頃です。写真をシェアするカルチャーがどう広がっていくのかをリサーチしていました。
当時、パンケーキが流行っていて、みんなが人気店のパンケーキの写真を撮ってシェアしていました。みんなが同じお店に行って、構図が似た写真を同じように撮るというパターンがあることに注目しました。
実は、シミュラークルという現象はインスタグラムのような写真をシェアするSNSが広まる前からインターネットの世界ではあります。2ちゃんねるの時代には「吉牛コピペ」という現象が起きました。
発端は、「昨日、近所の吉野家行ったんです。吉野家。そしたらなんか人がめちゃくちゃいっぱいで座れないんです。で、よく見たらなんか垂れ幕下がってて、150円引き、とか書いてあるんです。もうね、アホかと。馬鹿かと。」から始まる文章。
2001年に、個人のホームページに書かれていた、吉野家にファミリーで来ている人を揶揄する文章が2ちゃんねるにコピペされた後、その特徴的な文体や内容が模倣されてあっという間に広まったという現象です。
文字だけでも、文体や内容が少しずつ改変されていろいろなパターンが生まれ、広がっていくことを示しています。インターネット自体が、そういうカルチャーに立脚しているのです。
なぜシミュラークルのようなものが広まるのでしょうか。
その理由には、SNSの「いいね」などの評判があります。せっかくシェアするなら反応があったほうがうれしいので、みんなで真似て、“乗っかる”。それが加速しているというイメージです。
そもそもブランドには、機能的な価値だけでなく記号的な価値があります。ブランドもののバッグは激安商品と比べて値段が100倍するものもありますが、使いやすさが100倍になるわけではないですよね。
そこには、「みんなが欲しがるから、そこに価値が生まれる」というある種の循環があります。それが、ラグジュアリー産業における「モノ」の記号的価値です。
今、SNSで起きているのは、「コト」の記号的価値をみんなが求めているということです。それを担保するのがSNS上の「いいね」であり、「いいね」が多く集まる流行ったコトを、さらに真似するという行為が広がるという循環です。
この現象は、いろいろなSNSにみられますが、特にTikTokでは特異的な現れ方をしています。
TikTokでは、特定の音楽に合わせて特定の踊りをする短尺動画が、短期間の間に大量に出現します。それ以外に、TikTok本体が提供している映像を加工するエフェクトも、使い方を真似するものが多く出てきます。
これらをTikTokの運営自身が「ミーム」と呼んでいます。インターネット上で模倣することで広まっていくことを示した「インターネット・ミーム」という言葉からの転用です。
違うのは、TikTokのミームには、遊びの要素が含まれており、「楽しさ」ドリブンで広まることを、運営側も意識して設計しているということです。
第2話以降、「ミーム」からTikTok売れがもたらされた事例と、企業のマーケターたちがどう向き合うべきかを伝えます。
※第2話は2022年7月19日公開予定