
最強の育成型クラブ、J2水戸の選手育成戦略
水戸ホーリーホックが育成で成功する理由とは?挑戦的な採用と充実の成長環境が選手を変える
日本サッカー界で「育成型クラブ」として確固たる地位を築いている水戸ホーリーホック。ワールドカップに出場した前田大然選手や日本代表の大川晃義選手、長居和史監督(鳥栖)や秋葉忠宏監督(清水)など、多くの才能を輩出してきた。その成功の裏には、どのような仕組みがあるのか。西村卓朗GMに育成の秘訣を聞いた。
「J2のクラブに日本代表級の高校生が来なかったのに、今は伸ばしてくれると思って来る」

Q: 水戸ホーリーホックはなぜ育成型クラブとしての道を選んだのですか?
水戸ホーリーホックはJ2の中でも予算が少ない方のクラブです。そのため、外部から高額で選手を獲得することは難しく、若い選手を発掘して育てる方向性を選びました。近年は移籍金の相場も上がってきており、J2から選手が引き抜かれる際も5000万円、高ければ1億円といった金額が動くようになっています。育成型のビジネスモデルが成立しやすくなってきました。
以前はJ2のようなクラブにアンダー世代の日本代表に入るような高校生が来てくれませんでしたが、今は「水戸に行けば伸ばしてくれる」というイメージが定着し、才能ある若手が集まるようになっています。
「練習参加の機会は圧倒的に多い。他クラブはびっくりするぐらい」

Q: どのように選手を見つけて評価していますか?
他のクラブはスカウトがたくさんいますが、我々は少しでも可能性を感じた選手には即座に練習参加の機会を提供します。練習参加の頻度は他クラブと比べて圧倒的に多いと思います。毎週のように2〜3人の練習生を受け入れています。
通常、クラブは次の試合の準備があるため、練習生を受け入れることに抵抗があります。しかし我々は最初から監督とコンセンサスを取っており、練習生が来たら実戦形式で見られる環境を用意しています。
例えば浅野優也選手(浅野琢磨選手の弟)は、大学では試合に出ていませんでしたが、ある情報筋から話を聞いてすぐに練習参加してもらいました。彼の良さを見極め、獲得に至り、その後広島や札幌を経て名古屋に移籍するなど着実にキャリアを積んでいます。

Q: 前田大然選手はどのように見つけたのですか?
松本山雅FCのある選手を見ていた際に、コーチが「センターフォワードに速い選手がいる」と情報をもらいました。映像を見たところ素晴らしい選手だと思い、当時松本はJ2でしたが、エージェントとの信頼関係から「J2で勝負させたい」と言ってもらえたことが縁で獲得できました。エージェントとの人間関係も非常に重要です。
Q: サッカー界の「練習参加」はビジネスで言うとどのようなものに例えられますか?
インターンシップに近いと思います。映像ではある程度のクオリティは分かりますが、実際に一緒に練習することで人間性やパーソナリティを見ることができます。最近はこういった取り組みをオープンにすることで、日本サッカー全体にとって良い流れができればと考えています。お互いに採用ミスを減らすことができますし、選手も自分に合った環境を見つけやすくなります。
「自分のプレーを振り返り、分析し、記録する。印象だけだと荒くなる」

Q: 選手を獲得した後はどのように育成していますか?
採用して終わりではなく、しっかりとした育成プログラムがあります。「採用」「育成」「起用」を一貫させることが重要です。大きなクラブでは分業制になりますが、小さなクラブの良さを活かすならこれらを一気通貫させるべきです。
選手には試合の振り返りを仕事として課しています。自分が関わったプレーを「4局面」(サッカーにおける基本的な状況区分)で分けて、いつ、どこで、何をしたのかを書かせます。これは大変な作業ですが、質の高い振り返りをすることで良いプレーは再現性を持って行え、悪かったプレーは繰り返さないというサイクルができます。
ゴン・ダーゴン選手のように、しっかり言語化して振り返りができるようになると、試合中にもその意識が生きてきます。特に若い選手が多いので、プロとしての習慣づけとして大事にしています。
「自分の軸となる価値観を作る。選手は個人事業主」
Q: 選手一人ひとりにミッション・ビジョン・バリューを作らせるのはなぜですか?
Jリーグの新人研修では、元チェアマンの村井満氏(元リクルート)が「プロサッカー選手は厳しい世界にいる」と話します。当時のデータでは約4〜5割の選手が50試合以下でJリーグを去っていました。「あなたたちは個人事業主、一人の経営者です」という言葉があり、企業にミッション・ビジョン・バリューがあるように、選手個人もそれを持つべきだと考えました。
キャリアカウンセラーと契約して選手との1対1面談を年間45回実施し、自分の成り立ちや大切にしていることなど、軸となる価値観を整理します。これを文字だけでなく動画化して「個人のモチベーションビデオ」として作り、調子が悪い時に見返せるようにしています。
Q: 選手の中にはそういった取り組みを嫌がる人もいますか?
取り組み方によりますが、離脱してしまう選手も確かにいます。しかし、続かなくなる理由は「何のためにやっているのか」「なぜやりたいのか」「これを今やるとどうなるのか」という繋がりが見えなくなった時です。それを客観的に捉えて「こうすればできるようになる」と伝えながら再び取り組むよう促します。
他のクラブでは放任されるケースが多く、サッカーのことだけに特化しがちです。我々のように多面的にサポートするクラブは少ないですが、最近は少しずつ増えてきています。
「遺伝子検査で側近型かチキン型か、睡眠の質まで分かる」
Q: サポート体制でほかに特徴的なことはありますか?
サッカー選手が壁にぶつかるのは、技術、フィジカル、メンタル、戦術のどれかです。そのうちフィジカル面では「自分を知る」ということが重要で、血液アレルギー検査や遺伝子検査を実施しています。例えば側近型かチキン型か、睡眠の質など遺伝で決まる部分も分かります。
また、分子栄養学に基づいた食事指導やビジョントレーニング(目のトレーニング)、最近ではスプリントコーチを導入して走る技術も向上させています。こういったことは本来選手が自分でやるべきことですが、クラブ内での取り組みにすると非常に効率が良いのです。
J1の高給選手はこういったものに自己投資していますが、まだ収入が高くない選手にはクラブからサポートしています。選手はある種「顧客」のような側面もあり、どのようなサービスを提供していくかが重要です。
Q: 選手獲得時にはどのような能力が見極めやすく、どのような能力は見極めにくいですか?
技術とフィジカルのレベルは映像や練習参加でかなり把握できます。しかしメンタル面や、チームの戦術にフィットするかは練習参加だけでは完全には分かりません。メンタル面はインターン期間の短い時間では見えない部分が多いです。
また、あるスキルが伸びることで波及効果で他の能力も伸びる選手もいます。これが難しいところで、世界的に見ても高額移籍した選手がフィットせず活躍できないケースがあるのはそのためです。
水戸ホーリーホックの強みは、強化部長やGMが選手獲得から育成、チームへの適応までを一貫して見ていることです。セビージャのモンチ氏や鹿島の鈴木満GMのように、この役割は非常に重要です。
Jリーグクラブは多いですが、育成型クラブとしてブランディングしているところは意外と少ないです。私たちは早くからこの方向性を実践し、選手だけでなく指導者の育成にも力を入れています。今後も若い才能を発掘し、日本サッカーの発展に貢献していきたいと考えています。
